先日、PT-OT-ST.NETが主催した「高次脳機能障害」をテーマとした座談会では、退院後の生活における多様な課題の中で、「移動」に関する支援の重要性にも触れられました。
「移動」の中でも、自動車運転は生活の行動範囲や社会参加に影響する作業です。一方で、高齢化や高次脳機能障害、身体障害などにより、運転の継続や再開が難しくなる事例が増加しています。
日本作業療法士協会は、2016年に「運転と作業療法委員会」を設立し、2023年からは地域社会振興部内に「運転と地域移動推進班」を設置しました。運転や地域移動に支援を要する高齢者や障害者に対して、より実践的かつ地域に根ざした支援体制の整備を進めています。
今回は、日本作業療法士協会が取り組む「運転と地域移動支援実践者」に注目し、実践者として活動する3名の作業療法士に、支援現場での取り組みの実際や、制度としての意義、今後の展望についてお話を伺いました。
運転と地域移動支援実践者とは
ー 「運転と地域移動支援実践者」の認定制度について教えてください。
外川さん 「運転と地域移動支援実践者」は、米国作業療法士協会の「運転と地域移動の専門認定」制度(Specialty Certification in Driving & Community Mobility :SCDCM)を参考に設計された、日本作業療法士協会独自の認定制度です。専門作業療法士の前段階として学びを得る認定制度と位置づけており、運転や地域移動に関する実践的な知識と技能の修得を目的としています。
作業療法士協会ではこれまで、重点課題研修として運転と地域移動支援の研修を行っていました。運転を含む移動の支援は、地域特性や対象者の状態によって異なるため、適切な評価を行い、状況に応じたアプローチを提案・指導していくことが求められます。
社会のニーズに応じていくためにも、一定の知識や評価の視点、アプローチの選択肢を持ち合わせた作業療法士の育成が必要であると考えます。
ー 運転と地域移動支援で求められる作業療法士の役割について教えてください
外川さん どのような障害を持つ方であっても、「移動する権利(モビリティ)」はすべての人に保障されるべき基本的な権利です。「運転と作業療法学会」としても、この“移動の権利”を守り、支援していくことを大きな目的の一つとしています。
まず、運転が可能な方に対しては、「いかに安全に、そしてできるだけ長く運転を続けられるか」が重要なテーマになります。
たとえば、高齢者で体幹が硬くなり後方確認が難しくなっている方には、大型ミラーの設置を提案するなど、車両改造を通じて安全性を高める支援が行われます。こうした身体機能や環境に応じた工夫や指導も、作業療法士が担う重要な役割の一つです。
一方で、さまざまな事情により運転をやめざるを得ない方もいます。実は「運転をやめる」という行為は、本人にとって大きなライフイベントでありながら、その心理的影響は十分に認識されていません。
運転を中止した高齢者は、うつ症状の発症リスクが高まることが複数の研究にて発表されています。運転ができるかできないかは、その方のライフイベントに大きな影響を与えることだと思います。
運転を含む「移動支援」は、本人だけでなく家族や周囲の理解も欠かせません。作業療法士として、対象者だけでなく支える人々にも移動の意味や影響を理解してもらうことが必要です。
ー 移動支援における課題は何ですか?
那須さん 運転という行動は、とても複雑な作業活動です。単にハンドルを握る技術だけではなく、注意力や判断力、認知機能、身体機能、さらには環境への適応力など、さまざまな要素が関係しています。
そのため、神経心理学的検査やドライビングシミュレーターを用いた適性検査、危険予測の評価、実際の運転を通した評価など、多角的な視点で総合的に判断することが求められます。
那須さん しかし、運転に関する支援や評価において、全国で統一した基準を設けることには難しさがあります。
たとえば都市部と地方では、運転の意味がまったく違います公共交通が十分に整備されていない地域では、運転ができなければ生活そのものが成り立たないこともあります。
そのような地域で「運転は危険だからやめましょう」と一律に判断してしまうことが、果たして本人の暮らしを支えることになるのか。そのような視点をもつことがとても重要です。
運転について「できる・できない」で分けることが果たして良いのかは常に考えていますし、だからこそ、求められているのは個別の評価を行える人材の育成なのではないかと思います。
その人の身体や認知機能だけでなく、住んでいる地域の交通事情や生活の背景を理解し、総合的に判断できる力が必要です。
移動支援の現場では「個別性」と「地域性」の両方を踏まえた支援が求められています。
画一的な基準で判断するのではなく、その人が、その地域で、できる限り自分らしく移動を続けられる方法を常に考え続けなければいけないというのが、現場で直面している大きな課題だと感じています。
外川さん 移動支援のアプローチは多岐にわたります。車両の改造や代替交通手段の提案、地域資源との連携など、対象者の状態や生活環境によって方法はさまざまです。
その分、課題も多く、何を優先すべきか判断に迷う場面も少なくありません。
それでも、すべての人が自分の「やりたいこと」に近づけるよう、移動の自由を支えることこそが、私たち作業療法士の使命だと感じています。
実践者の取り組み事例
ー みなさんが実際に取り組まれていることを教えてください
外川さん 私は大学で教員を務めながら、学生指導に加えて地域の高齢者支援にも取り組んでいます。授業の一環では、学生が運営するスマートフォン講座の中で、「バス時刻表アプリ」の使用を通じて、代替交通手段としてのバスの時刻表の利用支援など、高齢者が日常生活の中で感じる不便さに寄り添う活動を進めています。
かつて臨床現場にいた頃は、脳卒中患者の運転再開や運転評価に携わっていました。当時は「新潟モデル」と呼ばれる先進的な取り組みもあり、運転支援に関する実践的な経験を積むことができました。
現在は、大学院生の研究指導を通じて、運転再開や中止後の生活支援といったことをテーマに幅広く関わっています。
大学院生たちは日本各地から集まり、それぞれ異なる課題意識を持って研究に取り組んでおり、「運転を続ける」「やめる」という選択の裏にある多様な悩みを一緒に考えている段階です。
那須さん 私は静岡県にある中伊豆リハビリテーションセンターで勤務しています。当院は回復期の病院で、2013年から自動車運転用のコースを院内に設けており、全国的にも珍しい取り組みをしています。
地域は車が欠かせない生活圏であり、高齢化の進行とともに脳卒中罹患者も増加傾向であり、運転再開や中止に関する支援ニーズが高まっています。
当初は運転再開支援や自動運転の評価に関心を持っていましたが、臨床を重ねる中で「運転をやめた人たち」への支援の重要性を感じるようになりました。
2022年にはトヨタ財団の研究助成を受け、脳卒中後に運転を中止した方々の生活を支える仕組みづくりに取り組んでいます。まずは、誰もがアクセスしやすい形で地域の移動資源を整理し、パンフレットとしてまとめる活動を進めました。
また、少子高齢化で路線バスなどの公共交通の便が減る中、シニアカーや電動車いすといった“新しい移動手段”の活用にも注目しているものの、山間部にある病院のため街中に行って練習をすることが難しい状況がありました。
そこで助成金を活用し、敷地内にモビリティ練習用のコースを整備し、利用者が安心して操作を学べる環境を整えているところです。自動車だけでなくシニアカーや電動車椅子、自転車などの練習を行うことができます。
さらに、全国厚生農業協同組合連合会(JA)の介護保険施設などで「運転延伸講座」を開催し、地域の70〜80代の女性たちに向けて、安全に長く運転を続けるための工夫や意識づくりを伝える啓発活動も始めています。
永島さん これまで病院で自動車運転のリハビリテーションに携わり、その後は訪問看護ステーションで在宅での運転支援や評価を行ってきました。
介護保険と自費サービスを併用しながら、自宅で運転再開の可否を見極める評価や、教習所と連携した実車評価、主治医への診断書作成サポートなどを行っていました。
ただ、運転を再開できる方ばかりではなく、「運転をやめた後」にどう暮らしを支えるかという課題を強く感じていました。その思いから、訪問看護ステーションでは「モビリティ事業部門」を立ち上げ、地域での外出支援にも力を入れました。
その一つが、東京都町田市で取り組まれている地域巡回バス「くらちゃん号」です。デイサービスの送迎バスを日中の空き時間に地域住民が運営し、高齢者の外出を支える仕組みです。
さらに、町田市が主催する「地域支え合い型ドライバー養成研修」にも講師として参加しています。地域の人々が“認定ドライバー”として移動支援に関わることで、デイサービスやボランティア活動など、多様な形で地域を支える仕組みづくりが進んでいます。
永島さん もう一つ大きな取り組みが、トヨタ財団の助成を受けて実施した「まちモビ(町田みんなのお出かけモビリティネット)」です。
これは、地域の外出支援に関する情報を一元化し、誰もがアクセスできるようにするプラットフォームです。市の交通課や社会福祉協議会、包括支援センターなどと協働し、街歩きイベントを通して情報を集め、地域の多世代交流のきっかけにもなっています。
現在はシステム開発の分野で、これまでの経験で感じた課題感から、地域の情報連携を支える新しいサービスづくりに取り組んでいます。
認定講座・学会参加が“仲間づくり”の入り口に
ー 最後に「運転と地域移動支援実践者」の魅力について教えてください
永島さん 「運転と地域移動支援実践者」は、まさに“仲間づくり”の入り口でもあります。
病院の中で運転・移動支援に関わる機会はあっても、「どんな支援をすればいいのか分からない」「そもそも支援体制がない」というケースは少なくありません。
この制度では、大きく「移動」の中に含まれる手段として「運転」があると捉え、法律的な知識や支援の進め方、車両改造の基本など、運転・移動支援に必要な基礎的知識を体系的に学ぶことができます。
まずはここを入り口として、一定の知識を身につけたうえで、より専門的な支援へとステップアップしていくための道筋を示す仕組みです。
那須さん 運転が「できる・できない」と判断する中には、実はたくさんの“グレーゾーン”があります。
運動と地域移動支援実践者ではその明確な判断まではできるようになります。グレーゾーンに対しては、専門作業療法士やスペシャリストがフォローしていく構成にしていきたいですね。
外川さん 作業療法士が運転・移動支援に関わる意義は、単に「運転再開をサポートすること」ではありません。対象者の生活背景や地域環境を踏まえたうえで、その人が“自分らしく生活し続ける”ための方法を一緒に考えることにあります。
運転指導となると、自動運転ができればどうにかなるんじゃないかと思っている方も多いと思いますが、完全自動運転の実現にはまだ時間もコストもかかるでしょう。
そんな過渡期の中で、地域での「移動」をどのようにデザインしていくかを運転も含めて、私たち作業療法士が大きく関われるところだと思っています。
ぜひこの分野に足を踏み入れたい人は、認定講座の受講や運転と作業療法学会へ足を運んでいただけると嬉しいです。
今回、運転と地域移動の支援に取り組まれている外川さん、那須さん、永島さんの3名に、具体的な実践内容や認定制度の意義について詳しくお話いただきました。
障がいや加齢によって運転が難しくなり、行動範囲が狭まることは、その人らしい生活に大きな影響を与えます。そうした場面で、作業療法士が果たせる役割の大きさや支援の可能性を改めて感じる時間となりました。
貴重なお話をありがとうございました。
引用・参考
■ 一般社団法人日本作業療法士協会 (公式HP)
■ 一般社団法人 運転と作業療法学会(公式HP)
■ 新潟モデル(※1)
◯ 小澤常徳, 齋藤真由美. 脳卒中パスに組み込んだ急性期から回復期・外来までの切れ目のない運転再開支援システムの構築と運用. 高次脳機能研究(旧 失語症研究). 2022, 42巻, 3号, p.296-300. https://doi.org/10.2496/hbfr.42.296
◯ 﨑村陽子. 各都道府県における自動車運転に関する公安委員会提出用診断書の書き方−脳卒中関係: 4. 新潟県の取り組み. J. of Clinical Rehabilitation. 2024, 33巻, 5号, p.467-475. https://doi.org/10.32118/cr033050467
■ くらちゃん号(東京都町田市都市づくり部)資料