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2025.08.11

【前編】医療現場におけるジェンダー課題 〜LGBTQ+の基礎知識〜



日本では、性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に対する国民の理解を深めることを目的に「LGBT理解増進法」が2023年に制定されました。この法律では、公的機関に対し、性的マイノリティ(LGBTQ+)に関する研修や啓発活動の実施が努力義務として定められています。これにより、社会全体で多様な性のあり方を尊重し、誰もが生きやすい環境をつくっていくことを目指しています。

一方で、医療機関やリハビリテーションの現場、医療専門職の養成校などにおいては、LGBTQ+/SOGI(性的指向・性自認)に関する研修の実施や情報の共有がまだ十分とはいえない現状もあります。そのため、現場で日常的に直面しているジェンダー課題に気づきにくい状態にあると考えられています。

そこで今回は、「LGBTQ+/SOGIと健康・医療」をテーマに活動されている理学療法士・中西純さんへのインタビューを行い、医療現場におけるLGBTQ+の現状とリハビリテーション専門職が知っておくと良い視点についてお話を伺いました。

性の多様性に関する基礎知識から、医療従事者が無意識のうちに抱きがちな偏見、リハビリテーションの現場でできる配慮や支援のあり方まで、現場の視点から分かりやすくお話いただきました。

前編:基礎知識・医療におけるジェンダー課題
後編:LGBTQ+の健康課題・リハビリテーションの現場でできる配慮や支援




専門職におけるLGBTQ+への配慮


ー LGBTQ+の普及活動を行う中で感じている課題は何ですか?

中西さん 私が日本社会でLGBTQ+に関して特に課題だと感じているのは、「教育」のあり方です。最近では、LGBTQ+に関する教育の機会も少しずつ増えてきているものの、まだ十分とは言えないのが現状だと思っています。

私自身、「LGBTQ+」という枠に限らず、包括的な性教育やジェンダーに関する教育をしっかり行っていくことが、これからの社会にとって非常に重要だと感じています。なぜなら、人は「知らないこと」に対して恐れを抱いたり、誤解したりしやすいからです。

その無知や誤解が、偏見や差別の温床になってしまう可能性があるため、まずは正しい知識を持つことが、相手を理解し、尊重する姿勢につながると考えています。

特に、医療・福祉の専門職においては、LGBTQ+の人々が直面している医療的・健康的な課題を理解し、それに対して適切な配慮をすることが求められます。だからこそ、学生時代の養成課程だけでなく、卒業後も含めた継続的な教育機会の整備が必要だと考えています。






LGBTQ+に関する取り組みを始めたきっかけと課題意識


ー 教育現場でLGBTQ+の普及活動を始めたきっかけを教えてください。

中西さん LGBTQ+に関する取り組みを始めたきっかけは、養成校や病院で働く中での違和感から始まりました。

医療機関を受診した際や、リハビリテーションの養成校に通っていた頃、さらには実習中や実際に病院で働いていた時も、配慮の欠けた場面に多く直面しました。正しい知識と理解がないことにより、患者さんだけでなく、ともに働くスタッフやリハビリ職、実習指導者、学校の教員など、さまざまな立場の方たちがLGBTQ+に対して無意識のうちに配慮のない関わりをしてしまう可能性があります。

日常的に使われる言葉の中に偏見が含まれていたり、当事者の存在を前提としない発言がある状況を目の当たりにして、「これは問題だ」と強く感じたのです。多様性を大事にする社会において、知識がないことで傷つき、傷つけられるのは互いにとってよいことではありません。

LGBTQ+に対して医療の現場から配慮できることなどを正しく伝えていくことが、医療業界の未来にも役に立てるのではと考えたのが、この活動の原点です。




医療の現場にある「見えにくい壁」


ー 実際に医療現場におけるジェンダーの課題の例を教えてください。


中西さん 医療の現場には、日常のなかに当たり前のように存在しているけれど、実はジェンダーの視点から見るととても排他的な仕組みがあります。

たとえば、病院の問診票がわかりやすい例です。一般的には「男性・女性」の二択しか用意されておらず、それ以外の選択肢がないことにより、性別の記入をためらう方がいます。「たったそれだけ」と思われがちですが、トランスジェンダーなど性別に違和感がある方からすると自分の性自認や性別を否定されている気持ちになる瞬間です。

また呼び出しや受付のときにフルネームで呼ばれるのも、トランスジェンダーなど性別に違和感がある人にとっては大きなハードルです。

例えばトランスジェンダー女性(出生時に与えられた性別は男性で性自認が女性)の場合、見た目は女性だけど保険証の名前がまだ男性のままだったりすると、「山田太郎さん、診察室へどうぞ」と名前を呼ばれたときに、見た目とのギャップにより周りの人たちの視線が一気に集中します。

さらには受付で「ご本人ですか?」と確認されることもあり、その積み重ねが「ここには来たくないな」「診察を受けたくないな」という気持ちにつながってしまうのです。

実際に、そうした理由で病院から足が遠のいてしまい、病気の発見が遅れたり、重症化してしまう人もいます。

LGBTQ+の方々が健康問題の”ハイリスク群”とされる背景には、こうした日常的な「現場の無意識な排除」があると感じています。


ー 健康問題への影響に加え、精神的な負担についてはいかがですか?

中西さん  精神的な面で大きな問題だと感じているのは、同性パートナーが医療の場で“家族”として認められにくいことです。日本では同性婚は認められていません。

そのため、終末期のお看取りや手術の同意、集中治療室(ICU)の立ち会いなど、本当に大切な場面で「あなたは血縁関係がないから」と断られてしまうケースがあります。

同性パートナーと暮らしている人の中には、カミングアウトがきっかけで血縁関係のある家族と縁を切らざるを得なかったり、カミングアウトできずに実家とはほとんど交流がない人もいます。

そうした状況で、最も信頼し合って暮らしているパートナーが制度上は”他人”とされてしまい、医療判断に関われないという状況はとても心苦しいものです。

精神疾患やLGBTQ+など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされてしまい、不当な扱いを受けることを「スティグマ」といいます。トランスジェンダーなのは「心の問題だ」と誤った考えのもと突き放されてしまうことも少なくありません。

LGBTQ+に対して一人一人が知識を持つこと、そして研修会などが広まっていくことで、血縁や法律だけではなく、「共に生きている人」が大切にされるような医療の現場になっていってほしいと願っています。



▶︎LGBTQ理解増進法に関する概要(内閣府)
https://www8.cao.go.jp/rikaizoshin/index.html


施設環境から考えるジェンダー課題


ー 病院などの環境から配慮できる点について教えてください。

中西さん これまでお話ししたのは、医療現場にある“ソフト面”での課題でしたが、建物や施設、制度そのものにも、実は見えにくい壁がいくつも存在しています。

たとえば、トイレは「男性用」「女性用」と「車椅子対応の多目的トイレ」が一般的です。多目的トイレがあるにしても、トランスジェンダーの方々にとってトイレ問題はとても繊細で、「オールジェンダートイレ」が偏見なく安心して利用できるようになるまでは時間がかかると感じています。

冒頭にお伝えした問診票や診察券の性別の選択肢では、「その他」や「無回答」を用意することは、表面的には小さな一歩かもしれませんが、LGBTQ+当事者の存在を可視化し、「あなたがここにいてもいいんだよ」と伝えるメッセージにもなります。



「男性」か「女性」を選ばなければならない心理的ハードルは「その他」を加えるだけで救われる方もいるのです。

入院生活においても、LGBTQ+の方たちが直面する課題は多くあります。

たとえば、トランスジェンダー女性(出生時に割り当てられた性別が男性で性自認が女性)の病室の割り当てにおいて、見た目が男性でも性自認が女性の場合、保険証の性別を根拠に男性病室になることがあります。

書類上の性別が優先されてしまうため、入院中は「自分は自分でいられない、自分は男性なのだ、自分のアイデンティティを否定されている」と突きつけられている心理に苦しむケースがあります。

配慮のバランスはとても難しいですが、当事者と病院側が話し合い、要望を聞く姿勢・配慮を申し出やすい姿勢を持つだけでも違うのです。

LGBTQ+の方々だけを「特別扱い」として拒まれる風潮もありますが、病気になったとき、人は誰しも「弱い立場」になります。そのときに、「あなたの存在は想定されていません」と言われるような経験をするのは、想像を超える辛さです。

まずは空間のデザインや制度のあり方を通して、小さな配慮を積み重ねながら「誰もが安心して頼れる医療の現場」をつくっていきたいと心から思っています。



中西さんのインタビューを通じて、医療現場においても様々なジェンダー課題が生じる可能性があることに、あらためて気づきを得ることができました。

【後編】では、中西さんよりお話いただいた「リハビリテーションを始め医療現場において日頃から配慮できるコミュニケーションスキルや対応」についてお伝えします。
※【後編】は近日中に公開予定です。


引用・参考
▪️性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進(内閣府HP)
▪️中西さん提供資料より参考

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