「LGBTQ+/SOGIと健康・医療」をテーマに活動されている理学療法士・中西純さんへインタビューを行い、前編では「医療現場におけるLGBTQ+の課題」についてお話いただきました。
後編では、「LGBTQ+に多い健康課題」や「リハビリテーションの現場でできる配慮や支援」について、理学療法士・中西さんにお話いただきました。
LGBTQ+当事者が直面する困難
LGBT法連合会は、性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法律を整備することを目的に活動しており、LGBTQ+の方々が社会で直面する困難を表にまとめたリストを公開しています。
「医療」のカテゴリーにおける具体的な困難としては、看取りに立ち会えない、病院でキーパーソンとして扱ってもらえない、遺産相続ができない、公式書類や公共サービス利用時の性別選択の困難さ、就職活動時の困難、医療福祉施設での嫌がらせや診療・ケアの拒否などが挙げられています。
◯ 性的指向および性自認を理由として私たちが社会で直面する困難のリスト (第4版)
様々な困難がある一方で、LGBTQ+後進国である日本では配慮の仕方や対応について定められていないのが現状です。
中西さんはこれまで、リハビリテーション専門職養成校や理学療法士協会において、LGBTQ+の正しい知識や医療現場で配慮できることの啓発活動を行ってきました。
今回は、前編でご紹介いただいた内容に対してどのように配慮していく必要があるのかについて、中西さんにお話を伺いました。
年代別のジェンダー認識と介入中の世間話に関する配慮
ー LGBTQ+の当事者は若い人に多い印象ですが、実際はいかがですか?
中西さん 若い世代はSNSを活用して自分のジェンダーを公表し、自由に自己表現する方が増えている印象です。
一方で、年齢が高くなればなるほど「結婚が当たり前」の時代を過ごしてきているため、結婚していても自分の本来の性的指向や性自認を隠している方も少なくありません。
90代の方でも同性愛者であることを隠し続けて暮らしている方もいるため、年齢によって配慮が必要かどうかというのは関係ないと考えています。
ー 患者さんとの会話において配慮が必要な話題はありますか?
中西さん 患者さんとの距離感を縮めるために、特に若い患者さんに介入しているときにセラピストから「彼女いるの?」とか「女性とデートできるように頑張らないと!」など気さくに恋愛話をしている場面を見かけたことがあるのではないでしょうか。
患者さんとの関係性にもよりますが、最初から「彼女・彼氏」と男女を決めつけてしまう言葉なども配慮が大切です。ゴール設定や家族情報の収集など必要な情報であれば質問の仕方に気をつけましょう。
また、そうしたプライベートの内容に関しても、必要な世間話なのか生活背景を知るためのコミュニケーションなのか、時間が限られたリハビリテーションの時間における内容の見直しは大切です。
意図しない自己開示をさせてしまうことは、心理的負担を与えてしまうことにもなるので気をつけるポイントになります。
point:✖️ 「彼女はいますか?」「奥さんは来てくれますか?」
⭕️「パートナーはいますか?」「一緒に暮らしている方はいますか?」
ー キーパーソンについての確認で気をつけるべきポイントを教えてください。
中西さん 「キーパーソン=家族」という偏見を持っている方は多い印象です。
「妻・夫・息子・娘」と書くことが多いですが、LGBTQ+の方々にとってこの回答はとても敏感です。異性という前提で話された場合、本来のキーパーソンと異なる方を記入する場合もあります。
確認方法としては、口頭で質問する際には「入院中に緊急の対応をいただける方はどなたですか?」とか「退院後に頼れる方はいますか?」と抽象度の高い聞き方をして、場合によっては口頭ではなく記入いただくのも方法の一つです。
リハビリテーションの内容に対する配慮について
ー リハビリテーションの内容において配慮できることはありますか?
中西さん 例えば、患者さんが中年の女性というだけで「調理訓練・洗濯動作訓練」など家事動作が必要だと最初から決めてしまうケースがあります。
確認するのは当たり前のことと思われますが、性別問わず生活背景とどんな方がサポートしてくれるのかなど丁寧に質問をして理解することは大切です。
また入浴評価や訓練においても、担当だから実施するのではなく、「女性のスタッフが評価に入らせていただいてもよろしいですか?」など確認することも当事者にとっては安心につながります。
見た目が男性だとしても、男性スタッフが入浴評価に入ることで緊張してしまう方も中にはいます。そうした配慮がないと、そもそもの治療の継続を拒否されたり、帰宅願望が強くなり介入が困難になる可能性もあります。
ー 評価においてはいかがですか?
中西さん 大きく2点ほど例をあげて説明します。
一つ目は、身体的な評価基準についてです。例えば、筋力の評価では、カルテの性別が男性で見た目も男性の場合は「男性の筋力基準」を評価軸にするのが一般的です。
ですが、性自認(自分自身の性別への感じ方)が女性の場合は、筋力が強いことをコンプレックスにしている方も中にはいるため、男女の基準ではなく、動作において必要な筋力を基準に考えていくことも時には必要です。
二つ目は、コミュニケーションについてです。「いい筋肉してますね〜」とセラピストが褒めていることがありますが、筋トレを頑張ってきた方にとっては嬉しい褒め言葉かもしれませんが、コンプレックスに感じている方にとっては苦痛な言葉です。ホルモン治療をしている場合もあるため、無闇な見た目についての話は避けた方が安全です。
ー 配慮をする上で、セラピストの声のかけ方も気にしすぎて話せないことがありそうですが、その辺についてはどのように考えていますか?
中西さん まさにLGBTQ+への配慮についてお話しすると、ガラスに触れるような関わり方になりがちです。
確かに配慮は必要ですが、あくまで固定概念を持たないことと、目の前の患者さんとしっかり向き合ったコミュニケーションを意識することができていれば問題ありません。
誰がLGBTQ+の当事者であっても良い関わりを常にしていること、普段の介入から男女でくくった言葉遣いやセラピストが考える性別役割を患者さんに押し付けていないか、といったことを振り返り、臨床での言動を少し変えてみるだけで救われる患者さんがいるということを覚えておいていただきたいです。
日本における性的マイノリティの方は、10人に1人ほどいるといわれています。しかし、研修自体を病院や介護施設で取り入れているところは少ないのが現状です。
こうした背景を踏まえて、患者さんだけでなく同僚にも当事者がいる可能性を理解・認識して、組織内で研修を実施することはお互いを守るために大切です。
LGBTQ+の健康課題
ー これまで心理的な負担のお話を伺ってきましたが、LGBTQ+の方に多い健康課題はあるのでしょうか。
中西さん 性的マイノリティの方々は、社会の中で差別や偏見を受けやすい環境に置かれています。そのため、マイノリティストレスによって気分障害、不安障害、物質使用障害、自死リスクが高いなど、メンタルヘルスが悪化しやすいことを、医療・福祉の専門職として理解しておくことが大切だと思います。
また、トランスジェンダーの方は病院を受診しづらい環境に置かれることが多く、病気が悪化してから受診するケースが少なくありません。
さらに、健康診断を受けにくい方が多いことから、がんなどの病気の発見が遅れることもあります。ゲイやレズビアンの方の場合も、同性のパートナーがいることが前提とされていないため、性暴力被害やそれによるケガ、性感染症について相談しにくい状況があります。
こうした環境が、結果的に適切な医療へのアクセスを妨げてしまっていることを理解する必要があると感じています。
ー 最後に、リハビリテーション専門職のみなさんへメッセージをお願いします。
中西さん LGBTQ+当事者ではないけれど、当事者に共感し、寄り添い、支援しようと社会に働きかけをする人をAlly(アライ)といいます。
リハビリテーション専門職の方々は、どんな方でも対応できるように正しい知識を身につけていただきたいです。また、社会に存在するLGBTQ+への差別や偏見に対して理解し、そうした社会構造をともに変えていっていただけたら嬉しいです。
私が運営する『にじいろリハネット』では、LGBTQ+に関する情報提供や医療に関する勉強会・読書会の開催を通して医療職の交流会としての役割を担っています。
にじいろリハネットは、SOGI[性的指向:Sexual Orientation & 性自認:Gender Identity]に関心のあるリハビリテーションの実践・研究・教育に従事する療法士(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)と学生がネットワークでつながり、ともに学び、セクシュアリティについての差別のない医療・福祉サービスや社会づくりに向けて協働するコミュニティです。
今後、研修を取り入れたい方や悩みを抱えている方がいましたら、まずは私やにじいろリハネットの門を叩いていただけると嬉しいです。
研修会依頼(中西宛)
j.nakanishi.lgbtq△gmail.com(メールの際には△を@に変えて送信)
今回の企画では、具体的な事例を交えながら、現場で実際に起きている課題や当事者の声をご紹介いただきました。
すぐに全てを変えることは難しいかもしれませんが、医療現場に関わるリハビリテーション専門職がLGBTQ+に関する知識を持つことで、救われる人がいることを知る機会となりました。
中西さん、2回にわたる貴重なお話をありがとうございました。
引用・参考
▪️性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進(内閣府HP)
▪️にじいろリハネット 公式ホームページ
▪️性的指向および性自認を理由として私たちが社会で直面する困難のリスト (第4版)(LGBT法連合会)
▪️中西さん提供資料より参考
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