先日、就労支援施設を立ち上げた作業療法士の上原亮介さんをゲストにお迎えし、『40代からの「起業」という選択肢』をテーマにPT-OT-ST.NET主催で座談会を開催しました。
座談会には、起業を検討している方、既に起業している方、起業に関心がある方など、理学療法士・作業療法士のみならず他分野の方にもご参加いただきました。
上原さんは、法人を立ち上げてから約1年後の2025年3月、神奈川県川崎市に就労継続支援B型事業所「エンパワークファクトリー」を開所しました。20年間作業療法士として訪問リハビリテーションを中心に従事してきた経験の中で、「働くことを支える」可能性を模索し、40代後半というタイミングで起業を決意されました。
本座談会では、上原さんの起業に至るまでの背景、立ち上げのリアル、そして今まさに直面している課題などをお話しいただき、参加者の皆さんからも活発な質問がありました。
本記事では座談会の一部として、上原さんの起業ストーリーについてご紹介します。
起業のきっかけは臨床での違和感
ー 上原さん、本日はよろしくお願いいたします。まずはじめに、20年携わった臨床から起業という道を歩んだ理由を教えてください。
上原さん もともと起業するつもりは全くありませんでした。訪問リハビリテーションを15年間やってきた中で、いろんな利用者さんと出会いましたが、「生活機能が改善したら通所リハビリテーションやデイサービスへ行く」という選択肢の乏しさに疑問を感じることが増えてきました。
特に、仕事をしてきた高齢の男性の価値観や、自分自身の生計を立てたり、家族を養っていかなくてはいけなかったりする若い利用者さんの存在などを考えると既存の介護サービスにはうまくフィットしない状況も少なくなく、課題を感じていました。
そういった方々に対して、働く場所や働くための能力を培う場所を提供したいという思いが芽生え、就労支援施設の立ち上げを決めました。
障がいがあっても、働いて社会のために貢献できていると実感することは、とても大切なことです。私自身も、もうすぐ50歳を迎える中で「働く」ことが自分にとっても重要なことだと気づいたことも就労支援施設の起業を決心したもうひとつの理由です。
起業を決めたのは2023年の夏頃でしたが、その年の秋には法人を設立して、翌年3月に事業所を開所しました。思い立ってからのスピードは早かったと思います。
起業を選んだ後に生じた壁
ー 半年ほどで開業に至るまでは円滑に物事が進んだのでしょうか?
上原さん 急な話でもあったので、家族への説明や、初めての資金調達に苦労しました。
場所を借り、人を雇うためには初期費用が必要で、国民生活金融公庫から融資を受けることにしました。事業計画書の書き方や見せ方について全く経験のない中、税理士さんにお世話になりながらなんとか作ることができました。そのおかげで資金調達をすることができたので、やるしかないという状況にもなり覚悟が決まったように思います。
また、これまで臨床現場の経験を武器にしてきましたが、経営者になるためには自ら営業に出向き利用者さんの集客をしたり、一緒に働く仲間の採用や、地域に方々にも知っていただくために広報をしたりと、すべて一人でこなす日々でした。
さらに、就労支援施設に通う利用者さんを集めるだけではなく、利用者さんが取り組む「仕事」の依頼も受注してこなければならないので、本当にやることが多いなと感じました。
現在は、開業して間もないこともあり、毎日のように地域の支援機関や特別支援学校、商店街などで営業活動に励んでいます。
直接のご挨拶だけでなく、チラシのポスティングも自分で歩いて周り、Web広告も勉強しながら試行錯誤し、ホームページも自分で更新しています。
正直、やることが山積みで、壁しかないというのが本音です。
一方で、作業療法士としてのバックグラウンドが活きる場面もたくさんあります。利用者さんの状態に合わせた支援や個別性のある作業活動の設計などの場面で、これまでの経験から得られた現場感覚とセラピスト視点が利用者さんに対する支援に深みを与えていると感じています。
乗り越えられた背景には“仲間の存在”
ー 臨床から全く経験のない起業準備を乗り越え、無事に開業に至れたのはどんな要因があると思いますか?
上原さん 最初に「自分が力になれることなら」と手を挙げてくれたのは、10年ほど前から3Dプリンターで自助具を制作する人材育成を目的に活用する「ICTリハビリテーション研究会」で関わってきた仲間です。
研究会の仲間とは、3Dプリンターを使った支援に強みを持ち、これまでも近い価値観のもと活動してきたので、就労支援施設の立ち上げの話に対しても、手を差し伸べてもらえたのはとても嬉しかったですし心強かったです。
「エンパワークファクトリー」でも、利用者さんの活動の一つとして3Dプリンターを活用しています。職場外で築いてきた関係性が、今につながっているのは本当にありがたいですね。
【質疑応答】起業を考える参加者からの質問
Q. 起業前、経営の知識はどのように身につけたんですか?
上原さん 僕は本当に全くの素人なので、知人やコンサルタント、税理士さんに相談しながら、一つひとつ覚えていきました。今ではネット上にたくさん情報も上がっているので、YouTubeで就労支援B型事業所の経営をしている方の発信を見たり、実際に起業してる人の集まりにも参加したりして積極的に情報交換をするようにしています。
Q. 家族との関係で意識していることはありますか?
上原さん 家庭内では、あえて「疲れた」とか「つらい」という言葉は言わないように心掛けています。自分で選んだ道なので、家族にネガティブな影響を与えてはいけないと思っています。
Q. もっと早く起業していれば…と思いますか?
上原さん そうは思わないですね。やりたいことがなかったら、やらなかったはずなので。子どもが大きくなってきて、少しずつ家庭も安定してきたタイミングで就労支援施設の立ち上げをしたいと思ったから動けた、それだけだと思います。若い時期に起業していたら、おそらく今とは違う選択をしていたのだろうなと思います。
最後に上原さんよりコメント
上原さん 40代後半という年齢で起業するのは、体力的には正直しんどい部分もあります。ですが、人生の折り返し地点で今後の自分の人生を考えた時に、一度きりの人生、大きなチャレンジをしないと後悔すると思えた今だからこそ、チャレンジできたのだと思います。
「働くこと」を通じて、人の生きがいやつながりを支える。就労支援は、作業療法士としての視点を活かせる、非常に可能性のある分野だと感じているので、まだ始まったばかりですがこれからも頑張りたいと思います。また新たな仲間が増えていくことを願っています。
「起業をゴールにする必要はないと思っています。やりたいことがあって、その手段が“起業”だっただけです」という上原さんの印象深い言葉で座談会を締めくくりました。
今まさに起業を考えていたり転機を迎えている理学療法士・作業療法士の皆さんにとって、本座談会での対話が一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。
改めて起業して間もなくの忙しい中、貴重な機会をいただきありがとうございました。
引用・参考
■ エンパワーク・ファクトリーHP
https://www.enpoworkfactory.com/
■ エンパワーク・ファクトリーInstagram
https://www.instagram.com/enpowork_factory/
■ ICTリハビリテーション研究会
https://www.ictrehab.com/