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2025.11.04

【開催レポート】災害とリハビリテーション 東日本大震災・令和6年能登半島地震の現場から学ぶ支援の関わり方



9月20日、「災害とリハビリテーション:東日本大震災・令和6年能登半島地震の現場から学ぶ支援の関わり方」をテーマにPT-OT-ST.NET主催のオンライン講演会を開催しました。

ご登壇いただいた阿部暁樹さんは、福島県立医科大学で災害リハビリテーションの研究活動に取り組み、理学療法士として福島県と石川県能登半島の両地で災害後の支援活動を続けてこられました。

阿部さんは、中学1年生の時に福島県で被災し避難生活の中で目の当たりにした「健康課題に対して役に立ちたい」という思いから理学療法士を目指し、現在まで災害リハビリテーションの分野で尽力されてきました。

高齢化が進む地域では、避難生活に伴う転倒や廃用症候群、認知機能低下などによって災害関連死のリスクが高まり、その予防・対応に専門職の関わりが欠かせません。

一方で、「災害時に自分は何ができるのか」「どう関わればよいのか」と戸惑う声も多く聞かれます。

本講演では、その問いに応える形で、阿部さんの実体験に基づいた現場のリアルと、今後に向けたヒントが語られました。




理学療法士が災害を学ぶ必要性

阿部さんは冒頭で、理学療法士をはじめとするリハビリテーション専門職が災害を学ぶ必要性について強調されました。

近年、日本は気候変動の影響で台風や大雨、豪雪などの自然災害が増加し、加えて地震・津波・山火事・原子力発電所事故・火山噴火といった多様なリスクを抱える現状があります。過去には、水俣病のような公害や、工場被害などの災害も経験してきました。

こうした現状をふまえ、阿部さんは「日本は災害大国であり、いつどこでどのような災害が起きても不思議ではありません。だからこそ、災害を学ぶことは自分自身を守るためであり、同時に周囲の人を支える力につながります」と語り、参加者に災害リハビリテーションを学ぶことの重要性を伝えています。

「また災害による健康被害として、災害が発生した後には多くの人が活動量の低下から体力が低下し、今後どうなるのか不安も抱え精神的な不調も生じやすくなります。

若年層であれば比較的早く回復する場合もあります。一方で、高齢者や体力が低下している人々では、回復に時間を要し、避難生活そのものや繰り返し避難所を移り変えていくことによる負担はとても大きいです。また、先が見えない生活への不安感が強まることにより心身ともに健康状態がさらに悪化するリスクもあります。

その結果、災害関連死や誤嚥性肺炎の発症といった深刻な健康被害につながることも少なくありません。」

阿部さんは現場の経験をもとに、「こうした仕組みを理解することで、災害時にどのタイミングで避難すべきか、何を持ち出すべきか、どのように連絡体制を整えるかといった備えにつなげられる」とお話しされました。




時期ごとに異なる災害後の課題

阿部さんは、災害直後だけでなく、各フェーズで様々な課題が生じている現実についても東日本大震災の事例をもとにお話しされました。

「災害初期」には、建物倒壊などによる外傷や怪我が多く発生するほか、老人ホームに住んでいる方の避難や感染症、低栄養など様々な問題が発生します。特に新潟中越地震では、避難所ではゆっくり休めないことから、車中泊を続けた人々に血栓症が多発した事例が広く知られています。

また、通院していた医療機関にアクセスすることができず、糖尿病患者や透析・在宅酸素を必要とする人々が継続的な医療ケアを受けられなくなる問題も起こります。

「災害中期(災害後半年〜1年程度)」 では、避難所から仮設住宅などへの生活環境の移行が始まります。東日本大震災では、この期間に自殺率が高まったタイミングでもありました。一度目は冬の活動量が低下した時で、二度目は帰還困難区域の解除に伴い、自宅に帰れる人と帰れない人の間に「社会的分断」が生じた時です。

また避難所生活から仮設住宅に移ってからも生活に慣れることが難しく精神的な負担が大きくなるといったこともありました。さらに医療機関への通院が難しかったり、検診受診率の低下により、災害関連死が増加する時期でもあります。

そして「災害長期」になると社会環境の変化が大きく影響し、二次避難、三次避難を要すこともあります。能登半島地震でも、一部の住民が遠方へ避難したまま戻らないケースが見られ、地域の人口構造や介護保険制度のバランスに影響を及ぼしているとされています。

高齢者が避難できずに取り残される一方で、負担を担う若い世代の減少が進み、介護需要と負担の不均衡が深刻化する懸念も示されました。




福祉避難所と支援活動の実態

東日本大震災の後には、生活や健康面で継続的な支援が求められる方々を中心に受け入れる行政指定の避難所である「福祉避難所」の整備が進められました。

福祉避難所では、高齢者や障害のある方、妊産婦や乳幼児など、災害時に特別な配慮が必要な「要配慮者」を優先的に受け入れています。

しかし、阿部さんは「この福祉避難所においても様々な課題が生じています」と、現場の様子を踏まえてお話しされました。


能登半島地震の事例から紐解く専門職としてのあり方

能登半島地震では、マグニチュード7.6という大規模な揺れとともに、火災・土砂災害など複合的な被害が発生しました。阿部さんはご自身の経験を踏まえて、当時の状況と理学療法士としての視点について講演されました。

半島内のアクセス道路が寸断され、支援物資や人材の流入が制限されたことに加え、高齢化率が約50%という地域特性も重なり、医療・介護の分野で深刻な人手不足が生じました。こうした状況下で、福祉避難所は要配慮者の命と生活を支える重要な拠点となりました。

阿部さんが所属する福島県立医科大学は、震災から1週間後の1月9日〜13日、輪島市のグループホーム「海と空」を拠点に支援を実施しました。

現地ではすでに数百人の避難者が集まっており、行政の指示により一般避難所から福祉避難所へ切り替えが進められている最中でした。

そのため避難者の入退所が頻繁に発生し、情報整理や対応が混乱しやすい状況でした。さらに断水が続き、衛生環境の悪化や発熱・発疹などの症状を訴える人も増加していました。

こうした現状をふまえ、福島県立医科大学の支援チームは、物資整理や環境整備といった支援に加え、理学療法士としての役割を活かした取り組みとして、避難所のレイアウトを調整し、要介護度や身体機能に応じて段ボールベッドやリクライニングベッドの配置を工夫したことを、阿部さんの実体験をもとにお話しされました。

特に、22名の要配慮者のうち17名(77%)の方が車椅子や見守りを必要とする状態であり、適切な環境配置とケアの実施には理学療法士の視点がとても重要であったと語られました。

また、避難所や医療機関からの転入出が多いためスクリーニングから漏れる人もおり、チームごとに巡回し外傷やフレイルリスクを確認した結果、肋骨骨折や悪化した下腿浮腫など医学的対応が必要なケースも発見された事例を共有されました。

さらに、誤嚥性肺炎を発症した高齢者に対しては、道路状況や搬送リスクなどを踏まえ医師・看護師と連携し、医療機関へ搬送せずに避難所内で適切なケアを行うことで症状改善につなげた事例も紹介されました。




東日本大震災から14年、今も残る課題

阿部さんは、この10年間で仮設住宅に「入居経験がある人」と「ない人」とでは、バランス能力に差があるということをデータで示し、被災地支援では単に筋力トレーニングを行ったり、運動教室を開けばよいという話ではないことを指摘されました。

バランス能力の低下が生じるのは、身体的な問題だけなのか、それとも活動量全体が下がっていることも影響しているのか。阿部さんは、災害下においてはさまざまな視点から対象者のリハビリテーションを考えていく必要があり、震災から14年が経った今もなお残っている課題であることが強調されました。

さらに、公営住宅の問題として、被災地域で社会的な分断が起きた事例についてもお話しされました。

被災地では、隣に住んでいた人がいなくなったり、仮設住宅に移ったものの周囲の住民は全く知らない人ばかりといった環境の変化が、人々の心の大きな負担につながっている現状があります。

そのような中で、災害による心的外傷や、大切な人を失った喪失感も重なり、被災した経験から立ち直る機会を得られず、精神的なダメージから身体活動が減ってしまう課題についても共有され、高齢者の孤立を防ぐために設けられた長屋の住居により孤立や介護予防にもつながっているといった事例についても紹介されました。

阿部さんは「災害後の課題は時期ごとに大きく異なるため、支援に関わる私たちは、それぞれのフェーズで何が起こるのかを理解し、的確に備えることが求められます。大切なのは、運動だけではなく、『人と人がつながりながら暮らせる住まい』です。震災から年月が経っても、こうした生活基盤の課題は続いており、私たちが取り組むべきテーマとして残り続けています」と、被災地におけるリハビリテーション支援の長期的な課題について触れました。



災害支援における理学療法士の役割と重要性

阿部さんは「災害後の急性期における福祉避難所では、避難所のレイアウトや環境調整、医学的スクリーニング、そして要配慮者への継続的ケアが理学療法士の重要な役割である。現場に理学療法士が組み込まれることで、避難所生活を過ごす人々へ集団体操やフットケアなどの支援が可能となり、避難者の健康リスク低減に効果的であることを示せた事例である」と当時を振り返りました。

さらに今回の事例から、福祉避難所には「看取りの課題」や「避難をきっかけに健康状態が改善するケース」など、制度上の課題と可能性の両面があることが明らかになりました。福島県立医科大学の支援チームでは、こうした一つひとつの事例を記録し、今後のより良い福祉避難所運営に役立てていくことが伝えられました。

講演会の最後に、阿部さんは 「災害への関わり方に正解はないと思います。まずは被災地への興味や関心を持ち続けることがとても大切です。関心を持ち続けることで課題が見え、その課題にどう関われるかを考えることができます。そして、平時から被災地の教訓を知り、周囲と共有することが、未来の災害への備えにつながります」と力強いメッセージを送りました。


講演会を終えて:私たちができること

阿部さんはご自身の経験をもとに、理学療法士として現在も災害支援に携わり、活動の輪を広げています。

関わり方や被災地へ足を運ぶことに躊躇する方もいるかもしれませんが、阿部さんが残された「興味・関心を持ち続け、被災地へ足を運ぶことが第一歩」という言葉に、背中を押された方も少なくないのではないでしょうか。

私たちは、いつ起こるかわからない災害から目を背けるのではなく、今できる備えを積み重ねていくことが大切です。理学療法士として、そして一人の生活者として、できることが数多くあることを改めて実感しました。

今後、災害支援に関わりたい方、また「どのように行動したらいいのか相談したい」という方は、阿部さんが所属する福島県立医科大学放射線健康管理学講座へお問い合わせください。

福島県立医科大学 放射線健康管理学講座
https://www.fmu.ac.jp/contact/department.php?fid=houken

阿部さんのこれまでのご経験を通じて築いてこられた災害支援の歩み、そして長きにわたり記録と研究を続けてこられた貴重なお話は、これからの災害に備えるために必要な考え方や行動を学ぶことができました。

貴重なご講演をいただき、ありがとうございました。

引用・参考
■ 福島県立医科大学 放射線健康管理学講座
https://www.fmu.ac.jp/contact/department.php?fid=houken

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