8月1日、高次脳機能障がいの当事者である北島麻衣子さんをお招きし、『「見えない障がい」と共に生きる 〜当事者の声から学ぶ支援のかたち〜』をテーマに、PT-OT-ST.NET主催のオンライン講演会を開催しました。
北島さんは妊娠中に脳出血を発症し、高次脳機能障がいの後遺症を抱えながら育児と生活を続けてこられました。退院後は、入院中には想像できなかったさまざまな課題に直面し、当たり前にできていたことができない戸惑いや、見た目ではわかりにくい障害ゆえの周囲の理解の難しさについて語られました。
現在は、高次脳機能障害の当事者やその家族が相談できる場として「かけはしプロジェクト」を立ち上げ、オンラインでの相談会や各地で講演活動を行っています。
当事者の語りから学ぶ支援のあり方
講演では、ご自身の実体験にもとづいて、入院中の症状やリハビリテーションの内容、改善の過程などが具体的に紹介されました。
また、退院前にどのような支援が必要だと感じたのかといったリアルな体験談に、多くの参加者が耳を傾けました。
高次脳機能障がいは外見からは気づかれにくい「見えない障がい」です。記憶力・注意力・遂行機能などに影響が及び、本人だけでなく家族の生活にも大きな負担をもたらします。
教科書や高次脳機能障がいの支援マニュアルだけでは理解しきれない現実がある中で、当事者としての率直な声を聞くことは、臨床で支援にあたるリハビリテーション専門職にとって大きな学びとなりました。
動画で当日の内容をご覧いただけます
本講演の様子はオンデマンド動画としてPT-OT-ST.NETの個人会員限定で公開しています。
当日の北島さんの言葉一つひとつは、文字では表現しきれない、当事者としての生の声や感情の込もった表現もあり、臨床現場で働く方にとって多くの気づきが得られる内容となっています。特に、退院後に直面する課題や、リハビリテーション専門職に求められる関わり方についての具体的なお話は、臨床現場で働く方にとって多くの気づきを得られる内容となっています。
日々の臨床や地域での支援に役立つ北島さんのご講演動画について、ぜひご覧ください。
退院後の戸惑いと生活環境の工夫
北島さんは妊娠4か月で脳出血を発症し、突然の入院生活を余儀なくされました。初期症状への不安や「母として子どもを育てたい」という焦りの中で、どのようにリハビリテーションに臨んできたのかを率直に語ってくださいました。
リハビリテーションでは、スタッフと積極的にコミュニケーションを取りながら「どの練習が生活につながるのか」を常に考えてきたそうです。
北島さんは「ただ訓練を受けるのではなく、生活に戻ったときにどう役立つのかを一緒に考えてもらえたことが大きかった。入院中のリハビリテーションの時間は最大で3時間しかなく、1人で過ごす時間が多いので自主トレーニングを一生懸命やったことが今に繋がっていると感じている」と当時を振り返りました。
しかし、生活動作や自宅環境には個別性が高く、退院後は「自分の家なのに自分の家ではない感覚」に陥ったといいます。
探し物が見つけられない、電気の消し方がわからない、包丁の持ち方や赤ちゃんのオムツの履かせ方を忘れてしまうなど戸惑いを隠せず、当時はイライラしてしまう時期もあったことをお話されました。
さらに、子どものサッカー応援ではすべての音が一度に耳に入ってしまい、疲れ切ってしまうなど、子育て中の課題にも悩まされていました。
「見えない障がい」ゆえの理解の困難さ
高次脳機能障がいは外見からは気づかれにくい「見えない障がい」であるがゆえに、理解されない葛藤が続きます。
仕事を続けられなかったり、家族関係に大きな影響を及ぼしたりと、二次的な問題に発展することも少なくありません。北島さんは当事者の相談を受ける中で「障がいそのものよりも、理解されないことがつらい」と感じている方が多いと語られました。
また、退院前の段階で相談窓口や地域の支援機関につながることができるかどうかにより、その後の生活は大きく変わると話されました。
つながりを持てず「どこに助けを求めてよいかわからない」と引きこもってしまう方もいる現実を紹介し、「退院前に相談できる人や地域とつながることが何より大切だと思う」と強調されました。
かけはしプロジェクトと当事者の声
こうした経験を経て、北島さんは「かけはしプロジェクト」を立ち上げました。高次脳機能障がいを抱える本人やその家族が気軽に相談できる場として活動を続けています。
そこに寄せられる声は、退院後の生活で直面する困りごとや、周囲に理解されない悩みなど切実なものばかりで、「病院を出た後こそサポートが必要だと実感しています」と北島さんは語ります。
当事者は自分の症状や困りごとを言語化すること自体が難しいため、周囲の方に対してどのように伝えたらいいのか悩み、専門職の力を求めている実情があります。
また北島さんは、患者会や家族会の必要性についても触れ、同じ立場の人とつながり、思いを共有できる場がどれほど大切か、ご自身の経験をもとにお伝えくださいました。
退院前の支援がいかに重要であるかを実感しているからこそ、「かけはしプロジェクト」のような相談の場を通じてつながること、そして「生活に戻ってからの苦労が多いため、『退院後の頼れる場に繋げてあげることが大切である』ことをリハビリテーション専門職に知ってほしい」とメッセージを送りました。
かけはしプロジェクト公式HPhttps://kakehashi-project.com/
講演を終えて:私たちが大切にすべきこと
北島さんは講演の最後に、「入院中にリハビリテーション専門職の方が一番に寄り添ってくれる存在だった」と素敵な言葉を残してくださいました。
この言葉は、私たちリハビリテーション専門職にとって大きな励みであると同時に、責任の重さを改めて感じさせるものでした。
私たちは、障がいと向き合うのではなく、目の前の患者さんの声に耳を傾けられる役割であり続けたいと改めて実感しました。
北島さんの生活などをご覧になりたい方は、日本財団が公開している動画をご覧ください。
北島さん、貴重なご自身の経験をリハビリテーション専門職に向けて、未来を共創するために大切なことをお話しいただきありがとうございました。
【見えない障がい】高次脳機能障がいと向き合う女性に1日密着してみた(日本財団)