世界作業療法士連盟(WFOT)は、海外での就労を検討する作業療法士に向けた「WFOT Occupational Therapy International Practice Guide 2026」を発行しました。
本ガイドは、WFOT加盟国・地域で作業療法士として働く際に必要となる一般的な情報をまとめたもので、2年に1度更新されています。
2026年版は、WFOTが各国・地域の加盟団体に対して実施した情報提供依頼への回答と、2026年4月20日時点のWFOTウェブサイト上の情報をもとに作成されました。
海外就労に必要な情報を国別に整理
ガイドでは、各国・地域で作業療法士として働くために必要な情報が国別に整理されています。
具体的には、作業療法士としての登録・免許制度、WFOT教育基準を満たす養成課程の卒業が必要かどうか、語学要件、就労ビザ、求人情報の探し方などが掲載されています。海外での就労を検討する作業療法士にとって、情報収集の出発点となる資料です。
また、海外で働く際には、制度上の要件だけでなく、現地の文化や社会的背景を理解することも重要です。
ガイドでは、現地の生活環境や勤務条件、専門職団体とのつながり、地域の医療制度などについても、事前に確認しておくべき事項として示されています。
各国の人材状況や制度上の課題も紹介
本ガイドでは、就労手続きに関する情報だけでなく、各国・地域における作業療法士の人材状況や、作業療法を取り巻く課題についても紹介されています。
作業療法士の需要や配置状況は国によって大きく異なります。十分な雇用機会がある国もあれば、需要はあるものの人材確保が追いついていない国、養成課程が十分に整っていない国、専門職としての認知や制度上の位置づけが課題となっている国もあります。
本ガイドの興味深い点は、各国・地域の加盟団体が、自国の作業療法士を取り巻く課題を具体的に記していることです。ここでは、その中から、人材確保や制度上の課題が特徴的な事例を紹介します。
需要拡大と業務負担が重なるオーストラリア
オーストラリアでは、作業療法士は不足職種として認識されています。
背景として、高齢化や国家障害保険スキーム(NDIS)の拡大により、精神保健、高齢者ケア、障害福祉などの領域で作業療法士の需要が大きく高まっていることが挙げられています。一方で、卒業生の数が需要に追いついておらず、特に地方部や遠隔地で不足が生じているとされています。
また、ガイドでは、NDISのもとでの事務負担、複雑なケースへの対応、重い業務量などにより、多くの作業療法士がバーンアウトを経験し、高い離職率や専門職からの離脱につながっていることも指摘されています。単に「人が足りない」というだけでなく、制度拡大による需要増と、現場の業務負担が同時に進んでいる点が特徴的です。
国外流出と学習機会の不足が課題となるハイチ
ハイチでは、国内の作業療法士数は12人とされ、作業療法士は不足職種として位置づけられています。
ガイドでは、リハビリテーションセンターや作業療法士を必要とするプロジェクトの数に対して、国内の作業療法士が十分ではないと説明されています。さらに、社会政治的な状況や学習機会の不足を背景に、一部の作業療法士や学生が国外へ移っていることも課題として挙げられています。
リハビリテーションの必要性がある一方で、専門職を養成し、国内に定着させる環境をどう確保するかが大きな論点となっていることがうかがえます。
養成課程がないネパール、帰国人材の定着も課題
ネパールでは、国内の作業療法士数は8人とされ、作業療法士は不足職種として認識されています。
ガイドでは、ネパールには国内に作業療法の養成プログラムがないことが、人材不足の大きな要因として示されています。加えて、自閉症、ダウン症、脳性麻痺などの障害のある子どもの増加により、作業療法士へのニーズが高まっていることも挙げられています。
一方で、海外で学んだ作業療法士を国内に定着させることが難しく、卒業生の数も需要に追いついていないとされています。求人情報についても、作業療法士の数が非常に限られているため、求人が出ること自体がまれであると説明されています。
他職種との役割の重なりが課題となるレバノン
レバノンでは、作業療法士数は250人とされています。ガイド上では、作業療法士は不足職種としては認識されていないものの、作業療法士のポジションが精神運動療法士(psychomotor therapist)に割り当てられることが多いという課題が示されています。
これは、単純な人材数の不足とは異なり、作業療法士の専門性や職域が、制度や雇用の場面でどのように理解されているかに関わる問題といえます。
必要とされる支援があっても、それが作業療法士の雇用につながるとは限らないという点で、職種の認知や役割分担の難しさが表れています。
「芸術療法」との混同から制度整備へ、ポーランドの事例
ポーランドでは、作業療法士数は550人とされ、作業療法士は不足職種として認識されています。
ガイドでは、ポーランドにおいて作業療法が長年、主にアートセラピーと結び付けて理解されてきたことが課題として挙げられています。
また、医療施設や社会福祉施設における作業療法士の位置づけや、患者数に対する作業療法士の配置基準を定める法律・規則が長く不足していたことも背景として示されています。
一方で、2023年に「特定医療専門職に関する法律」が成立し、作業療法士もその中に含まれることとなりました。
同法により、医療専門職として実践する者の中央登録制度も設けられています。作業療法士の専門性の認知や制度上の位置づけが、整備されつつある国として注目されます。
財政制約により需要と雇用が一致しない南アフリカ
南アフリカでは、作業療法士数は6,597人とされ、作業療法士は不足職種として認識されています。
ただし、ガイドで示されている課題は、単純な需要増とは少し異なります。公共部門では厳しい緊縮財政によりポストが凍結されており、特に農村部で問題となっているとされています。
一方で、民間部門ではCOVID-19後に求人がより定期的に出るようになったことも報告されています。
需要が存在しても、財政上の制約により公的部門で雇用ポストが確保されない場合、専門職の不足と失業が同時に生じ得ることを示す事例といえます。
専門職としての認知が課題となるルーマニア
ルーマニアでは、作業療法士は不足職種とはされていません。
ただし、ガイドでは、問題は作業療法士の数ではなく、働く機会そのものにあると説明されています。作業療法士はまだ病院で働くことができておらず、専門職としての認知に向けて苦労している状況が示されています。
この事例は、「不足職種かどうか」という分類だけでは各国の実情を捉えきれないことを示しています。
人材数の問題ではなく、制度上の位置づけや雇用の場が整っていないことが、作業療法士の活動機会を制約している場合もあります。
各国の事例から見えるもの
これらの事例からは、作業療法士を取り巻く課題が国によって大きく異なることが分かります。
オーストラリアのように制度拡大に伴う需要増と業務負担が課題となる国もあれば、ハイチやネパールのように、養成や学習機会、人材の国内定着が大きな課題となる国もあります。
南アフリカでは、需要があるにもかかわらず財政制約により雇用ポストの確保が難しい状況が示され、レバノンやルーマニアでは、専門職としての認知や他職種との役割分担が課題となっています。ポーランドでは、法制度の整備が進み始めた状況も示されています。
本ガイドは、海外で作業療法士として働くための実務的な情報をまとめた資料であると同時に、世界各国で作業療法士がどのような制度や労働環境のもとで活動しているのかを知る手がかりにもなります。
作業療法士の国際的な移動や人材確保の課題は、海外就労を希望する人だけでなく、日本の作業療法を取り巻く制度や働き方を考える上でも参考になる情報となっています。
引用・参考:
■ WFOT Occupational Therapy International Practice Guide 2026