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2026.07.07

【座談会レポート】理学療法士として、どう生きるのか ー 理学療法士・諸橋 勇さん ー



6月12日、若手のリハビリテーション職を対象にPT-OT-ST.NET主催のオンライン座談会『理学療法士として、どう生きるのか』を開催しました。

ゲストは、長年にわたり養成校の教員として数多くの学生と向き合い、管理職としての経験も持つベテラン理学療法士の諸橋勇さんをお招きしました。

座談会には1年目〜5年目の方だけでなく、若手の考えを知りたい管理職の方々も多く参加されていました。参加者からは、様々な立場から考える理学療法士としての在り方や、これからどうキャリアを描いていくのか等身大の悩みを共有いただき、諸橋さんとの対話の時間が多く生まれた会となりました。

本レポートでは、諸橋さんが語られた理学療法士としての在り方やキャリアの考え方についてまとめました。

【座談会開催】理学療法士としてどう生きるのか 〜 資格取得後のあり方を考える 〜

2026.05.22



キャリアの不安の先にある「在り方」とは

国家試験に合格し、理学療法士として現場に立ってから先は、学び続け、経験を積み、患者さんと向き合いながら、一歩ずつ成長していきます。しかし、ふとした瞬間に「このままでいいのだろうか」と立ち止まった経験がある方も多いのではないでしょうか。

何を学べばいいのか、自分の強みは何なのか、どんなキャリアを描けばいいのか。目の前の業務に追われながらも、言葉にしづらい“モヤモヤ”を抱える理学療法士は、決して珍しくありません。

今回の座談会で、諸橋さんが繰り返し投げかけていたのは、そうした不安に対して「何を学ぶべきか」という前に、“どう在るか”を問うことの大切さでした。

理学療法士としての知識や技術を磨くことはもちろん重要です。しかし、その土台にある人間観、社会との向き合い方、患者さんとどう関わるかという姿勢が伴わなければ、学びは単なる“手段の収集”に終わってしまう。そんな厳しくも本質的なメッセージが、参加いただいた皆さんに届けられました。


モヤモヤは成長のサイン

諸橋さんは冒頭で、「キャリアの悩みは若手だけのものではない」と語りました。

1〜3年目の迷いもあれば、中堅には停滞感があり、ベテランには定年後も含めた不安があります。つまり、「このままでいいのか」という問いは、経験年数を問わず、理学療法士という職能を生きるなかで誰もが向き合う普遍的なテーマなのだと示しました。

だからこそ、その“モヤモヤ”を否定するのではなく、成長のサインとして捉え、言語化していくこと自体が次の一歩になるという視点は、参加者にとっても救いになった様子でした。




理学療法士を通じて実現したいこと

お話の中で特に印象的だったのは、「理学療法士になることが目的になっていて、理学療法士になってから何をするのかという考えが浅いのではないか」という指摘です。

資格取得はゴールではなくスタートであるというのは、よく語られる言葉ですが、諸橋さんは「理学療法士は手段だから、理学療法士を通じてあなたは何を自己実現したいのか、何を社会貢献したいのか」と問い直しました。

諸橋さん 職業そのものに自分を閉じ込めるのではなく、理学療法士という専門性を通して、自分は何を大切にし、何を成し遂げたいのか。

ここが曖昧なままだと、資格を重ねても、部署を変えても、学びを増やしても、根本の不安は消えないと思います。


理学療法士が向き合っている人は誰なのか

また、諸橋さんは、患者さんが本当に求めているものと、私たちが「成長」だと思い込んでいるものが、必ずしも一致していないことにも触れました。

諸橋さん 学会発表、資格取得、専門性の深化などは確かに大切です。しかし患者さんが見ているのは、その療法士がどんな肩書きを持っているかよりも、自分の身体や生活にどう向き合ってくれるのかという一点かもしれません。

知識や理論という“レシピ”をいくら持っていても、目の前の人に届く実践になっていなければ意味がない。これは、自己研鑽を否定するものではなく、「セラピーにはその人の生き様が出る」ということです。

患者さんへの接し方、諦めるタイミング、粘り強さ、対話の深さ、そうした臨床の細部には、その人がどのように物事に向き合い、どのような人間として在ろうとしているかがにじみ出ます。

理学療法士としての臨床は、単に技術発揮の場ではなく、その人自身の在り方が表現される場でもあります。だからこそ、専門職として成熟することは、同時に一人の人間として成熟することと切り離せないです。




自分の「在り方」を見つけるために

諸橋さん 在り方って人に教えてもらうものじゃない。感じるものなんだろうな。学校や職場が知識・技術を教えることはできても、人間観や職業観、理念そのものは、講義だけで獲得できるものではないです。

むしろ、尊敬できる人との出会い、ロールモデルとの関係、同じ問いを持つ仲間との対話のなかで、少しずつ輪郭を持っていくものだということです。だからこそ、学会や研修会、今回のような対話の場には、情報収集以上の意味があるのだと感じます。

まとめ

最後に諸橋さんは、「不安があること、迷っていること、それ自体は弱さではありません。むしろ、自分の生き方を雑に決めたくないと思っている証拠なのだと思います。理学療法士としてどう生きるのか。その問いにすぐ答えが出なくてもいい。ただ、問い続けることをやめないこと。その先にこそ、自分自身の「在り方」が育っていくのではないでしょうか。」と、この場に参加してくださった参加者の皆さんの背中を後押しするような心強いメッセージを伝えていただきました。

「理学療法士として、どう生きるのか」

非常に大きなテーマで開催した座談会でしたが、なおこの問いを持ちながら臨床の場にたち続けるセラピストの皆さんにとって、少しでも明日の一歩が軽くなっていれば嬉しいです。

諸橋さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

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