日本理学療法士協会は、産業保健分野の専門人材育成を目的とした書籍「理学療法士のための産業保健入門」を出版しました。
背景には、国の労働災害防止計画に理学療法士の活用が明記されるなど、働く人を支える新しい活躍の場が広がりつつある状況があります。
書籍の内容を踏まえながら、理学療法士が産業保健分野で働くために必要な知識、その学び、キャリアについて考えていきます。
なぜ今、理学療法士が産業保健分野で注目されているか
日本は2050年に向けて、総人口が20%減少し、生産年齢人口は30%以上減少すると予測されています。
そうした社会的背景を踏まえ、限られた働き手が、できるだけ長く健康に働き続けられる仕組みづくりが急務となっています。
こうした流れの中、労働災害防止のための国の指針である「第14次労働災害防止計画」(2023〜2027年)で、初めて理学療法士の活用が明示されました。
中高年女性労働者に多い作業行動由来の労働災害対策として、身体機能の維持改善支援に理学療法士の専門性が期待されてきました。
産業保健理学療法とは何か
日本産業理学療法研究会は2024年、日本産業保健理学療法学雑誌の中で「産業保健理学療法」について次のように定義しています。
「理学療法士が、産業医学を基礎に専門的知識を生かして、働く人々の心身機能の維持・改善に努め、健康で安全に働くことができる快適な職場環境の形成と労働生産性の向上を促進する活動である。」
引用:産業保健理学療法の定義について(日本産業理学療法研究会. 2024年)
病院で働く理学療法士との一番の違いは、対象が「患者」ではなく「働く人」であることです。
治療の対象は疾患や怪我ではなく、健康な人も含めた労働者全体であり、予防的な視点が中心になります。
理学療法士が産業保健分野で担う仕事内容
産業保健理学療法の業務は、大きく「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」の3領域に整理されますが、現場での具体的な活動は多岐にわたります。
● 労働適応能力の評価
● 不適切な作業姿勢や作業環境に対する改善提案
● 個人・集団の健康状態の把握・管理
● 治療と仕事の両立支援(休職中・治療中の人が職場に戻れるようサポート)
産業保健の立場は医療機関とは異なります。
産業医は事業者に意見を述べる立場にとどまり、実行するのは人事労務部門や管理監督者です。
理学療法士も同様に、治療するのではなく動作・姿勢の分析を助言・提案する立場になります。
産業保健分野で理学療法士が活躍する場
日本理学療法士協会の調査には、実際に企業で活躍する理学療法士の事例が紹介されています。
● 正社員として企業に勤務
● 業務委託として複数の企業に関わる
同じ報告書の調査では、今後企業が理学療法士と連携する際に想定される契約形態として、業務委託契約が97%と圧倒的多数を占めました。
正社員としての直接雇用より、外部の専門家として関わるケースが多くなるとも想定されます。
産業保健分野が今後さらに広まれば、病院や施設で正社員として働きつつ、業務委託という形で産業保健にも関わる働き方が広がっていくことも考えられます。
産業保健分野で必要なのは、現場と制度の知識
理学療法士が産業保健分野で働くために何を学ぶべきか、そのカリキュラム等はまだ確立されていないのが現状です。
日本理学療法士協会が認定する専門資格を見ても、「産業保健」を専門に扱う分野はまだ設けられていません。
そのため、理学療法士が産業保健分野で働くためには、必要な知識を積み上げておくことが重要となります。
● 予防の場面:作業姿勢や作業環境を評価・改善する知識
● 休職者を支える場面:賃金や就業規則など制度に関する知識
理学療法士としての産業保健に関する専門知識を学び活かしながら、不適切な作業姿勢や作業環境の改善、労働適応能力の評価に取り組むことで、企業側にも説得力のある提案ができるようになると期待されます。
労働者にとっても、長期療養は休職者の経済的基盤を揺るがしかねません。
そのような観点から、賃金や就業規則といった制度として「両立支援コーディネーター」のような研修を通じて学んでおくのも一つの方法といえます。
日本理学療法士協会が、書籍『理学療法士のための産業保健入門』発刊
生産年齢人口の減少や高年齢労働者への配慮義務化など、理学療法士に求められる役割が広がるなか、日本理学療法士協会は専門人材育成を目的に『理学療法士のための産業保健入門ーその基礎と実践ー』を作成しました。
この本には、産業保健の始まりや理学療法士がどう関わってきたかといった基礎知識から、労働衛生の考え方、両立支援や就業規則といった制度の話まで幅広く解説されています。
さらに、事例や評価・測定の実践ツールなど、現場ですぐに使える内容も記載されています。
産業保健に興味を持った方は、あわせて読んでみてはいかがでしょうか。
これからの展開が注目される「産業保健分野の理学療法士」
産業保健分野で働く理学療法士は、まだ確立された働き方ではありませんが、予防から職場復帰支援まで、働く人を幅広く支えられる可能性を持っています。
また、産業保健の視点を持つことは、病院での臨床にも活きてくるかもしれません。
職場復帰を目指す患者さんに対して、どんなリハビリテーションが本当に必要なのか、イメージしやすくなることも期待されます。
日本理学療法士協会は人材育成制度として「産業保健・人間工学推進リーダー制度」も開始しています。
本制度は、産業保健分野における理学療法士のさらなる活躍を後押しする取り組みともいえます。
まずはこうした書籍や制度を活用し、知識を積み上げていくことから始めてみてはいかがでしょうか。
引用・参考
■ 佐藤友則, 川又華代, 川村有希子, 久原聡志, 岡原聡. 産業保健理学療法の定義について. 日本産業保健理学療法学雑誌, 2024. DOI: https://doi.org/10.60295/jjpoh.2.1_18
■ 産業保健・健康経営における課題と理学療法士活躍の可能性に関する調査事業報告書(日本理学療法士協会)
■ 理学療法士のための産業保健入門 −その基礎と実践−(メジカルビュー社)
■ 『理学療法士のための産業保健入門〜その基礎と実践〜』テキスト刊行のお知らせ(日本理学療法士協会)