アメリカ理学療法士協会(APTA)は2025年10月、変形性股関節症の診療ガイドライン「The 2025 Hip Pain and Mobility Deficits - Hip Osteoarthritis Clinical Practice Guideline 」を8年ぶりに改訂しました。
米国理学療法協会(APTA)は、世界保健機関の国際機能・障害・障害・健康分類(ICF)に記載された筋骨格系障害を有する患者の整形外科理学療法管理のためのエビデンスに基づく実践ガイドラインの作成を継続的に進めており、今回は2017年の改訂版であり、2回目の更新となります。
日本で活用されている日本運動器理学療法学会の「股関節機能障害理学療法ガイドライン(2021)」と比較し、ポイントを整理しました。
【日本の疫学】有病率1.0〜4.3%、二次性が多い
日本における変形性股関節症の有病率は1.0〜4.3%で、女性(2.0〜7.5%)が男性(0〜2.0%)より多い傾向です。発症年齢は平均40〜50歳です。
日本の最大の特徴は、寛骨臼形成不全に続発する二次性が多い点です。これは欧米(一次性が多い)とは異なる点で、人種的な骨盤形態の違いが影響しています。
世界的に見ると、世界全体の有病率は8.6%(全人口)で、日本はこれより低い水準です。なお、アメリカでは55歳以上に限定すると約20%と高い有病率が報告されていますが、これは高齢者層のみの数値であり、全人口での比較とは異なる点に注意が必要です。
【アメリカ2025年版】推奨グレードはA〜Fで分類
アメリカ版ガイドラインでは、エビデンスの質によって推奨度が明確に分類されています。
グレードAは高品質なRCTやメタアナリシスに基づく強い推奨で、臨床家が積極的に実施すべき介入として示されています。臨床診療ガイドラインでは、推奨度が一覧として載っています。
グレードA - 徒手療法と運動療法が強い推奨
徒手療法 | 週1〜3回、6〜12週間、10〜30分軽度から中等度の患者に対して、徒手療法はグレードAの強い推奨を受けています。重要なことは、患者の主訴に応じた技術の使い分けです。
可動域制限が主訴なら高負荷長軸牽引を選択します。研究では股関節屈曲が10.6°改善したと報告されています。
一方、疼痛が強い患者には低負荷長軸牽引が効果的で、疼痛圧痛閾値の大幅な改善(効果量d=2.0)が得られると示され、即時効果が必要な場面では運動を伴う股関節可動域訓練が有用と示されています。
運動療法 | 週1〜5回、30〜120分、5〜16週間運動療法もグレードAの強い推奨です。複数の研究を比較した結果、明確な優先順位が示されています。
最も効果的なのは漸進的筋力トレーニングで、4ヶ月時点で筋量が2.3cm²増加し、2ヶ月・4ヶ月・12ヶ月のすべての時点で他の運動より優れていると報告されています。次いでノルディックウォーキング、自宅非監視下運動の順となっています。
効果については、18件のRCT(1,242名)のメタアナリシスで実証されています。短期では疼痛がSMD -0.38、身体機能がSMD -0.31改善し、6〜9ヶ月後の長期でも効果が持続すると示されています(疼痛SMD -0.23)。
ただし、最も重要なのは継続です。高継続群では疼痛・機能ともにSMD -0.42と中等度の効果が得られますが、継続できなければ効果は期待できないと示されています。
※RCT:ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial)。新しい治療法や薬の効果を検証する際、被験者をランダム(無作為)に介入群と対照群に分け、公平に結果を比較する臨床試験手法。
※SMD:標準化平均差(Standardized Mean Difference)。「治療を受けた人が、受けていない人と比べて、どれくらい良くなったか」を示す数字。数字が大きいほど効果があり、マイナスは「痛みや不自由さが減った」ことを意味します。
グレードB - 患者教育と体重管理が中等度推奨
患者教育はグレードBの中等度推奨です。従来の活動修正、運動指導、減量支援、関節負荷軽減に加えて、2025年版ではオンライン疼痛対処スキルトレーニングが新たに追加されました。ただし、効果は短期的で、長期的な効果は限定的と報告されています。
体重管理については、BMI 25 kg/m²以上の患者に対して体重の5〜7.5%減量を目標とします。重要なのは、理学療法士単独では困難で、医師・栄養士との多職種連携が必須という点です。
グレードD - 超音波療法は2017年版から推奨度が低下
超音波療法は大きな変更がありました。2017年版ではグレードB(推奨)でしたが、2025年版ではグレードD(相反するエビデンス)に格下げされています。
この変更の理由は、2022年の新規RCTで効果が否定されたためです。臨床現場では、超音波療法を第一選択とせず、運動療法や徒手療法などエビデンスが明確な介入を優先すべきとの考えが示されています。
評価 - 自己報告・パフォーマンス・機能障害の3カテゴリー
アメリカ版ガイドラインでは、評価の標準化が重視されています。
すべての患者に対して、以下の3つの視点から評価を実施します。
1. 自己報告式(1つ以上選択)
WOMAC、HOOS、PROMISから選択。患者自身が感じている症状や機能制限を評価します。
※WOMAC(Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index):痛み(5項目)、こわばり(2項目)、身体機能(18項目)の計24項目で患者自身が回答し、保存療法から人工関節置換術(TKA)の成績評価まで広く用いられる国際的尺度。
※ HOOS(Hip Disability and Osteoarthritis Outcome Score):股関節疾患患者の主観的な健康関連QOL(HRQOL: Health Related Quality of Life)を測定するための尺度。
※PROMIS(Patient Reported Outcomes Measurement Information System):機能回復や生活の質(QOL)を定量的に評価する尺度。
2. 身体パフォーマンス(1つ以上選択)
6MWT、TUG、30秒椅子立ち上がりから選択。客観的な身体機能を測定します。
3. 身体機能障害(すべて実施)
股関節ROM(6方向)、筋力、疼痛(NPRS)、FABER。機能障害の詳細を評価します。
※FABER:股関節の機能や痛みを評価するための徒手検査法。別名「パトリックテスト」
評価のタイミングは、ベースライン(初回)と少なくとも1回のフォローアップとされています。この標準化されたアプローチにより、介入の効果を適切に評価できると示されています。
日本2021年版 - エビデンス不足だが実臨床に即した指針
日本のガイドラインは、エビデンスの量において課題を抱えています。
CQ1(発症・進行予防)では、運動療法と生活指導の併用を条件付きで推奨していますが、エビデンスの強さはC(弱い)で、採用論文はわずか1件のみでした。
CQ2(術後歩行訓練)では、効果について「十分に検討されておらず判断困難」とされており、採用論文は0件でした。
ただし、日本のガイドラインには重要な特徴があります。それは保存療法から手術まで包括的に扱っている点です。
「保存療法は3ヶ月を目安」「手術時期を逸しないことが重要」という実臨床に即した指針が示されており、これは日本の整形外科医と理学療法士の連携を前提とした内容です。
評価はJOA hip score(疼痛、可動域、歩行能力、ADL)が中心で、日本の医療文化に適合しています。
日米比較 | エビデンス量、具体性、範囲、評価、新規介入が異なる
両国のガイドラインを比較すると、5つの観点から違いが浮かび上がります。
最も大きな違いはエビデンスの量です。アメリカ版は豊富な研究に基づく一方、日本版は2021年時点でエビデンスの不足している実態が見えてきました。
推奨の具体性も異なり、アメリカ版は「週1〜3回、10〜30分」といった具体的なパラメータを示していますが、日本版は一般的な表現にとどまっています。
※アメリカ版で推奨されているドライニードリングは、日本では鍼灸師の業務範囲であり、理学療法士は実施できません。
まとめ
アメリカ2025年版ガイドラインでは、徒手療法と運動療法がグレードA(強い推奨)、患者教育と体重管理がグレードB(中等度推奨)とされています。一方、超音波療法はグレードD(相反するエビデンス)に格下げされました。
日本2021年版ガイドラインは、運動療法と生活指導の併用を推奨していますが、エビデンスはC(弱い)となっています。
ただし、「保存療法3ヶ月を目安」「手術時期を逸しない」という実臨床に即した重要な指針があり、評価はJOA hip scoreを中心に行います。
もちろん、実際の臨床場面では個々の患者に則した治療選択を行う必要があります。ガイドラインを参考にしつつ、日々の臨床がよりよいものへと発展することが期待されます。
引用・参考
◾️Koc TA Jr, et al. J Orthop Sports Phys Ther. 2025;55(11):CPG1-CPG31.
https://www.jospt.org/doi/10.2519/jospt.2025.0301
◾️日本運動器理学療法学会. 股関節機能障害理学療法ガイドライン. 2021
https://cms.jspt.or.jp/upload/jspt/obj/files/guideline/2nd%20edition/p657-691_11.pdf