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2026.05.18

【座談会レポート】頸髄損傷の作業療法士と考える「退院後のリアル」



4月21日、リハビリテーション職を対象にPT-OT-ST.NET主催のオンライン座談会『頸髄損傷の作業療法士と考える「退院後のリアル」』を開催しました。

ゲストは、作業療法学生の時に脊髄損傷の当事者となり、パラアスリートを経て、現在は一般企業で働く作業療法士・大向優貴(おおむかい ゆき)さんをお招きしました。

大向さんは、現在一般企業でフルタイム勤務をしながら、作業療法士養成校での講師業や「ソーシャルバーテンダー」として活動をしています。座談会では、支援者を目指した本人が支援を受ける立場となって感じたこと、また障がいと向き合いながらスポーツやバーテンダーなどの活動に至るまでの心境の変化についてお話いただきました。

教科書的な「障がい受容」という言葉では片付けられない、当事者であり専門家である大向さんのリアルな葛藤と生活の工夫に心打たれるものがありました。
本記事では、座談会で大向さんがお話くださった内容の一部をご紹介します。

>>> 大向さん紹介

【座談会】頸髄損傷の作業療法士と考える「退院後のリアル」

2026.03.31


「障がい受容」という言葉への違和感 ——嫌なものは嫌でいい

リハビリテーションにおける「障がい受容の5段階プロセス」の最終ゴールは「障がい受容」であり、障害があっても自分らしく生きていこうと前向きになることを示しています。

座談会の冒頭で大向さんはその「障がい受容」について、自分なりの受け止め方をお話くださったのが印象的でした。



大向さん 前提としてお伝えしたいのですが、私は「障がい」を受け入れていません。

よく「何をきっかけに障がいを受容されましたか?」「ご自身の障がいは受容されましたか?」と聞かれることがあります。それらしく答えることはできますが、聞かれる度に何かモヤモヤが残っている感覚です。「障がいを受け入れる」とは、まずどういうことなのか、どういう状態かよくわからないですし、自分の障がいは今も嫌な時は嫌だなって思っています。

例えば、友達とご飯を食べに入ったお店で「車椅子の人は入れません」と言われると、とても悲しいな、嫌だなって思いますし、時には苛立ちを覚える時もあります。

障がいのことで何か失敗した時にベコンベコンにへこむ日ももちろんあるっていうところで、前提として、いつになっても障害が嫌なタイミングやシチュエーションはあるのは、ごく自然な感情だと思ってます。




周囲のサポートが「できない」を「できる」に変えた瞬間

受傷直後、全介助の状態だった大向さんは「これからどうやって生活していくのかを考える情報は全くなかった」と振り返りました。

大好きだった水泳をきっかけに脊髄損傷になったものの、「もう水泳はできないだろうし、水泳どころかどうやって学校行くんだろう。生活していけるのかな?」とわからないことばかりで、やりたいことを考える余裕もなかったと当時の心境をお話いただきました。

そんな中、周囲の方々のサポートや関わり方によって「できる」を見つけていった経験がありました。自身の「やりたい」という気持ちを支えてくれた周りの人たちの想いと工夫、適切な支援が可能性を広げていることが伝わりました。



大向さん もうすぐ成人式という時にはまだ入院していましたし、「あの着物を着たいな」と楽しみにしてたけど、「行けないな。それも諦めるしかないな。だって着れないし、そもそも立てないし、着付けもきっとできないし。」と思っていました。

でも本当はやっぱり行きたくて、思い切って「振り袖を着て成人式に行きたいな」と母に伝えました。それから母はものすごく自分にできることは何かとたくさん調べてくれました。

作業療法士とか理学療法士の方々も、リハビリテーションでも着物を持ってきて着せてくれたり、成人式が初めての外泊になるため、看護師さんも必要なことなどいろいろ教えてくれました。

できないと思っていたけど、できることもあるんだと思えたのは、それが初めての経験だったと思います。


日々の生活を自立するための「選択」

退院後、リハビリテーション病院で2年間の入院生活を通して、1人で生活していく力を身につけられました。

入院生活では同じ障がいを持ちながらも、様々なバックグラウンドや課題を持つ仲間に出会い、「あの人がやっているなら自分もできるかな」と前向きな思考になったそうです。

そこで気づいたのは、支援者に頼り切るのではなく「自分で考える」ことの重要性でした。





大向さん 退院したらずっとセラピストが側にいるわけではないし、自分で考えていけるようになるってことがとても大切だと思っています。実際の生活では、OTとしての知識も役に立っていますが、なるべく自助具は使わずに普通の道具で使いやすいものを選んだり、使いやすいように工夫しています。

メイクも小さくて細い刷毛はつまめないので、長いものや太めのものなら自分で塗れたり、日焼け止めのようなチューブタイプは絞り出せないので、顔に押しつけて出すなど使い方を工夫したりしています。ピアスもキャッチで抑えるものはできないので、穴に通すだけのものを選んだりすることでおしゃれも楽しめていると思います。

その一方で、入院中に包丁をつけて切れるような自助具も作ってくれたので、退院してからしばらくは料理をしていましたが、料理の「切る」という動作は自分でやることの選択肢から外しました。

理由は切る動作が大変で、もちろん大根とか硬いものや大きいものは切れないですし、切るだけでものすごく疲れるからです。料理の過程で「切る動作」は最初の方にありますが、これをしていたら作り終えるまでに力尽きてしまうと感じました。

自分の使える体力をどこに使うかっていうところを考えた時に、もっと仕事や出かけてやりたいことなどたくさんあるので、「野菜を切る」ことはヘルパーさんにお願いすると決めました。

リハビリテーションにおいては「できることは自分でやる」を目指しますが、長い生活を考えた時に、自分でやらないこともあっていいのかなと。その時間に他のことができる方が私は幸せだなと思うので「やらない」という選択肢も必要だと思っています。




【参加者からの質問への回答】

脊髄損傷になった後も、大好きだった水泳を「もう一度やりたい」と大向さんは再び泳ぐことを始めました。受傷したタイミングでは「東京オリンピック」の開催が決定していたため、パラアスリート雇用をしている会社で働きながらパラアスリートとしての道を歩みました。



Q:大向さんにとって「スポーツ」はどのような存在でしたか?
大向さん アスリートでスポーツをしていた時は、リハビリテーションの延長にあるような感覚でいました。またスポーツが好きなのは「ルール」が作られているからです。

普通の街並みにあるお店に入れないとか、外因性のものが全く関係なく、自分と向き合ってどうしたらうまくやっていけるか、を考えられるのが本当にスポーツのいいところです。

車椅子バスケットをした時も、子どもたちも一緒に混ざって終わった頃には「僕にも車椅子買って!」と言ってる姿を見てスポーツって障がいを超えるんだなと実感した経験もあります。

スポーツ自体が目的になって新しい出会いが増えたり、行きたい場所が出てきたり。スポーツとか行きたい場所に行くという目的のためだったら、リハビリテーションに関してもやりがいになるのかなと思ってます。


座談会の最後に、大向さんから一言感想をお願いします。

大向さん 正直、私の話を聞きたい人いるのかな、必要としてくれる人がいるのかなって思っていましたが、皆さんがこれほど関心を持って聞いてくださったことに、驚きました。

専門職として患者さんを「指導」するのではなく、当事者の「嫌だ」という感情や「やりたい」という呟きをどう拾い、自走を支えられるのかが大切だと思うので、自分の経験が力になれることがあればお声掛けいただけたらと思います。

ありがとうございました。



大向さんはピアサポートに関するアンケートを実施しています。
ご協力いただける方はよろしくお願いいたします。

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