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2025.02.21

【インタビュー】障がいがあっても「行きたい」を叶える 『旅行リハビリ』 支援にかける療法士の想い



医療従事者が障がい当事者の旅行・外出に同行する「旅行リハビリ」という新たなリハビリテーションの支援方法が広がっています。

旅行リハビリとは、車椅子利用者や身体障がい者が「行きたい場所へ行ける」ように、理学療法士や作業療法士などの専門職が同行してサポートするサービスです。旅行を通じてリハビリへの意欲を高め、目標を持つきっかけにもなることが期待されています。

障がい当事者にとっては、不自由な身体や車椅子で日常から離れた環境に出かけることに対して不安も大きく、外出機会が減ってしまうことが現状にあります。そのようななかで、旅行や外出を通じて障がい当事者の「やりたい」を「できる」に変えていくことが「旅行リハビリ」の魅力です。

株式会社紡(つむぐ)の理学療法士・中野拓哉さんは、『リハビリ型旅行支援』を通じて、障がい当事者の方の「行きたい」をサポートしています。

同社は、脳卒中専門リハビリテーション事業を自費サービスとして立ち上げ、多くの利用者さんの生活を支えてきました。その中で、障がい当事者の「声」に応えるかたちで生まれたのが『リハビリ型旅行支援(=旅行リハビリ)』といいます。

今回、旅行リハビリが実際の現場ではどのように行われているのか、具体的な事例について中野拓哉さんにお話を伺いました。




リハビリ型旅行支援をはじめた背景


ー 旅行リハビリに取り組むことになったきっかけを教えてください。

中野さん 株式会社紡は脳卒中専門リハビリとして多くの脳卒中の方と共に歩んできました。その中で、「自費リハビリにとどまらず、その人がなりたい姿を実現するためのサポートができたらいいね」と、代表と話していました。当初は旅行リハビリを想定していませんでしたが、利用者さんからの要望が多く寄せられました。

ある利用者さんから「温泉に行きたい」という希望があり、車椅子でも入れる施設を紹介しました。その方は「ぜひ行きたい」となりましたが、「家族だけでは不安だから、誰か一緒に来てくれる人がいたら安心」との声がありました。

そこで、私たちがその役割を担えば、多くの方の「やりたい」をサポートできるのではないかと考え、旅行リハビリを事業としてスタートさせました。



ー 利用者さんから寄せられた要望というのは具体的にどのような声だったのでしょうか?

中野さん 旅行にいく際の不安の内容は人それぞれですが、多くの方が「身体が不自由だから行けない」「現地で何かあったらどうしよう」といった理由で、一歩を踏み出せずにいました。理学療法士としては「行けるはず」と思っても、ご本人にとっては大きなハードルなのです。

たとえ近場や過去に訪れた場所でも、不安を感じることがあります。例えば、バリアフリー情報が見つけづらい、観光地の人混みが不安、食事にトロミが必要で対応できる場所がわからない、目的地周辺に多目的トイレがあるか調べられないなど、様々な課題が障壁になっています。

4つのバリア
1. 物理的バリア(交通機関や建築物におけるバリア)
2. 制度的バリア(資格制限などによるバリア)
3. 文化・情報面バリア(点字や手話サービスの欠如などによるバリア)
4. 意識的バリア(障害者を庇護されるべき存在ととらえるなどの障壁)

先日ご一緒した利用者さんからは、「家族だけで行っていたら、ただ大変なだけで終わっていた」と言われました。

リハビリテーション専門職が同行することで、ただ旅行に行けるだけでなく、一緒に行く家族の負担も軽減され、心から楽しめる旅行になったと喜んでいただきました。

家族だけで事前に情報を調べ、介助しながら旅行をするのは想像以上に大変です。常に気を張っている状態になり、なかなかリラックスできません。しかし、専門家がサポートすることで、家族も安心して過ごせるようになり、思い出に残る旅行を実現できます。


旅行リハビリの流れ・療法士が支援する魅力


ー 実際に旅行リハビリについて流れを教えてください。

中野さん 旅行リハビリを行う上で、まずは旅行の企画・手配から始まります。この段階には旅行業に関するいくつかの必要な資格があるため、株式会社紡では、愛知県にある合同会社P-BEANSが行う第2種旅行業の『トラベルwithじぇぷと』というサービスと連携しています。

旅行先などは利用者さんが企画をし、旅路を具体的にプランニングする段階では『じぇぷと』に確認していただき、詳細を決めていきます。



中野さん 私たちは日頃から利用者さんの身体状況を理解しているため、旅路で考えられるリスクや気をつけておくことなどを把握して当日の動きを確認していきます。

そして旅行の手配が整ったら、当日は紡のスタッフが同行させていただきます。


ー 療法士として旅行をサポートするために必要な知識はありますか?

中野さん 旅行リハビリを実施するためには、旅行の基礎知識も必要です。私は『じぇぷと』が行うトラベラーズマネージャー研修を受講しました。その研修では、旅行の企画・立案や抑えておくべきポイントについて学びます。

またあくまで「旅行」なので、同行する上では利用者さんに楽しんでいただくことが一番です。安心安全に楽しんでいただくためにどうしたら良いかポイントを学んでいます。

旅行は利用者さんが主体なので、リハビリを担当しているからと言って誘導したり馴れ馴れしい関わりをしないことも大切です。そのため、私たちは舞台の黒子となってサポートすることに徹しています。





※1 国土交通省 観光庁 旅行業法概要
https://www.mlit.go.jp/kankocho/seisaku_seido/ryokogyoho/ryokogyohogaiyo.html

※2 国土交通省 心のバリアフリー/障害の社会モデル
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/sosei_barrierfree_tk_000014.html


ー 同行するにあたって経験がないことへの不安はないですか?

中野さん 例えば先日、頸髄損傷で車椅子生活をされている方と同行し、海でシュノーケリングができるようサポートさせていただきました。これまで障がいのある方のシュノーケリングをサポートした経験がなかったため、事前にホテル側へ準備の確認を行い、ユニバーサルビーチプロジェクトや宮古島観光協会、沖縄のバリアフリーツアーセンター、沖縄県観光振興課にも問い合わせて、さまざまな情報を集めました。

その際、海に入るうえで重要なのは主に5つの確認が必要であると教えていただきました。

・呼吸や耳抜きができるかどうか
・水中での意思共有方法を事前に決定すること
・体温調節が可能かどうか
・水中での姿勢保持
・てんかんの有無

経験のないことには不安もありますが、関係者と情報を交換しながら準備を進めることで、多くのことが実現できると改めて感じた出来事でした。




ー 療法士が旅行支援をするメリットや魅力をどのような点で感じますか?

中野さん 旅行の企画段階、旅行中、旅行後、それぞれに療法士が関わる魅力をたくさん感じています。

まず企画の段階では、大きく二つあります。一つは利用者さんの大事にしている価値観や思い出、作業に基づいて旅行のプランニングに関われることです。企画の段階で旅行の目標設定をするのですが、療法士には掲げた目標に込められた想いや背景を引き出す力があると思っています。

二つ目は、身体機能に合わせたプランを考えられることです。身体機能の細かい評価をしているからこそ、どんなバリアフリーや介助が必要なのか、その人にあった支援策を事前にリサーチすることができます。

旅行中は、身体のメンテナンスや移動、身の回り、食事形態のサポートなど、利用者さんがチャレンジしてみたいことをできるようにサポートすることができます。旅行中に見えた課題や次にチャレンジしたいことが見えてくるので、それを日々のリハビリに活かしています。

旅行から帰ってきた後は、利用者さんとも観光地でのフィードバックを行うことで、今後のリハビリテーションへの意欲の高まりも感じます。次に行ってみたいところや、サポートなしでもいけるために必要なことを練習したり、新たな目標を掲げることができるのが旅行リハビリならではの魅力です。

旅行支援は行って終わりではなく、誰でもどんな人でも旅行に行けるように行きやすい環境を増やすことも役割の一つだと考えています。

自分たちが住んでいる地域だけではなく、日本全国を巻き込んでインクルーシブなエリアの構築を目指していきたいです。

利用者さんと中野さん


利用者さんの声・療法士のやりがい

ー これまでどのような「旅行」をサポートされてきたか教えてください。

中野さん 先ほどご紹介したシュノーケリングにチャレンジした方は、宮古島へ家族旅行に行く際のアクティビティサポートがメインでした。

サポートの内容は、頸髄損傷により体幹の支持性も不安定なので飛行機に乗る際には揺れに対して身体を支えたり、客室乗務員さんからドリンクを受け取るなどの機内・車内でのサポートに加え、車椅子移動のサポートや車やベッドなどへの移乗サポート、身体のメンテナンス、トイレや入浴、清拭などのセルフケアサポートなど多岐に渡ります。

車椅子からビーチ用車椅子(ランディーズ)に乗り換えて移動。そのまま海へ入ることができます。

中野さん 私が心掛けていることはあくまで “家族旅行を家族で楽しんでいただく” ことです。なので、サポート中は必要以上にこちらが盛り上げたり話をすることは控えています。

日頃は奥様がお子さんをみながら介助されているので、サポートが入ることにより奥様の負担も軽減し、旅行を楽しんでいただけたのがよかったです。

他には、ご高齢の方で旦那さんの納骨に行きたいという希望に対してサポートをさせていただきました。

お焼香をするだけでなく、旦那さんとの思い出の土地でこれまでの出来事を思い出しながら過ごす時間はとても儚く素敵な時間でした。





中野さん また、他のスタッフが担当したのは修学旅行のサポートです。学校の教員も旅館の皆さんも涙を流して喜んでくださったそうです。

重度の障がいがあると、そうした学生時代の当たり前なこともとてもハードルが高く、遠慮をして諦めてしまうケースもあります。

旅行リハビリの事業を通して思い出を作れたことはとても考え深いものでした。




ー とても素敵なお話ですね。企画から同行までサポートするのは大変な場面も多いのではないでしょうか?

中野さん 日頃のリハビリテーション以上に、色んなことに気を遣いますし、準備やサポート、旅行中の立ち回りなど大変な面ももちろんあります。

ですが、利用者さんの嬉しそうな顔が見えると叶えられてよかったなと心から思えるのがやりがいに繋がっています。


ー 旅行リハビリ後に利用者さんの変化を感じることはありますか?

中野さん 旅行に行くだけでは機能面で劇的に変わることはないですが、それをきっかけにして生きる活力が生まれ、外出頻度や自宅での活動量も増えることがあります。

新たな目標を発見することで挑戦する気持ちが芽生えたり、コミュニケーションの場面でも前向きに進む姿をみる頻度が増えるように感じています。何より非日常の活動によって、日頃の生活の満足度が向上するように思います。この辺の部分は今後、学術にも落とし込んでいきたいと考えています。


今後の展望

中野さん 現在は、旅行会社や観光施設と連携しながらサポートを行っていますが、今後はさらに幅を広げていきたいと考えています。

例えば、ブライダルの分野では、これまで病気や障がいを理由に結婚式に出席できなかったケースがあると聞きました。そこで、参列できるような体制を結婚式場と連携しながら作っていきたいと考えています。

また、旅行リハビリを通して見つかった課題の一つに「旅行にいくために化粧をしたい」という要望がありました。

普段は化粧に関心を持たなくなっていても、旅行に出掛けるとなれば化粧への意欲も沸いてきます。今後は介護美容事業をされている団体と連携し、特に女性ならではの楽しみを提供できる仕組みを作っていきたいと思います。

さらに、行政とも協力し、旅行を単なる娯楽ではなく、介護予防の一環として位置づけることで、「人生の目標を実現するための手段」として発展し、自分たちにしかできない介護予防の形を創出できたらと考えています。

旅行支援の実績も増えてきているので、個人的には旅行をすることで変化するアウトカムが何なのかを追求することは、理学療法士として旅行に関わる以上は何か形に残したいとも思っています。


PT-OT-ST.NET 障がいがあっても「行きたい場所へ行ける」、そして「大切な人と特別な時間を過ごせる」ことが、リハビリへの意欲につながると実感しました。

旅行リハビリを通じて、「やりたい」を「できる」に変えていく未来に、大きな可能性を感じます。今後のさらなる発展を楽しみにしています。

中野さん、本日はありがとうございました。

引用・参考
◾️株式会社紡HP
https://tumugu-reha.com/travel/

◾️トラベルwithじぇぷと(合同会社 P-BEANS)
https://joyptravelers.com/support/orientation/


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