日本理学療法教育学会(JSPTE)が、「理学療法教育学会版 理学療法卒前教育ガイドライン1版」を公開しました。理学療法士を養成する大学・専門学校の教員と、臨床実習で学生を指導する実習指導者に向けた文書で、養成教育における教育の質確保や教育活動の方針を示す内容になっています。
本ガイドラインは、すべての養成施設が教育を進めるうえで意識すべき視点を、学会としての姿勢・立ち位置として総論的に整理されています。特定の教育方法を推奨・拘束するものではない位置付けです。
具体的な学修目標は別に用意されている「モデル・コア・カリキュラム」が担っており、この2つを養成教育の"両輪"として活用することが想定されています。
なお、現時点では学会からの正式な公開告知(公開日を含む)は確認できていません。公開時期は2026年夏ごろとみられますが、確定した情報ではないため、正式な発表が確認でき次第あらためて追記します。
ガイドラインの背景
策定に至った経緯は、ガイドライン第1章「策定の経緯」に記されています。以下は、その記述に基づく内容です。
理学療法士の教育をめぐるガイドラインは、もともと日本理学療法士協会が整備してきました。2009年に「理学療法教育ガイドライン 第0版」が公開され、2010年に内容を見直した「第1版」が発行されています。教育課程の設計や評価方法の指針、教育と実践の枠組みを示し、全国的に一定の質を保つことを目的としたものでした。
その後、2018年の指定規則改正の際には、モデル・コア・カリキュラムの見直しが先行し、ガイドラインの改訂は行われませんでした。本ガイドラインではこの状況を「置き去りになった」と表現しています。一方で、3つのポリシーの必須化など、教育に求められることも社会の変化に伴って変わってきた、と指摘しています。
こうした状況を受けて、2021年に理学療法士の教育に特化した学術団体として日本理学療法教育学会が設立されました。今回のガイドラインは、同学会が、更新の止まっていたこのガイドラインを引き継いで策定し直したものと位置づけられています。
「ガイドライン」と「コアカリキュラム」の関係
本ガイドラインは、自らを目標に向けた方向性・指針を示す「総論」と位置づけています。具体的な学修目標を示す「各論」はモデル・コア・カリキュラムが担うとし、両者を養成教育を実践するための"両輪"として活用してほしい、としています。
また同ガイドラインは、協会が定める卒業時の到達目標を土台として挙げています。「ある程度の助言・指導のもとに基本的理学療法を遂行できる」という到達目標を前提に、そこへ至るための教育の考え方を示す、という構成です。
ガイドラインの構成と主な内容
本ガイドラインは全4章で構成されています。第1章は上記の策定の経緯にあてられています。
第2章は「学内教育」がテーマで、3つのポリシー(ディプロマ・カリキュラム・アドミッション)とアセスメントポリシーの考え方を軸に、教員に求められるプロフェッショナリズム、教育目標の分類ごとの教授法、実習前後の評価などを扱っています。
第3章は「臨床実習」がテーマです。臨床実習の到達目標と行為の水準(水準Ⅰ:直接監視下で実施/Ⅱ:指導者の補助として実施/Ⅲ:見学にとどめる)に加え、実習指導者に求められるコンピテンシーや、診療参加型臨床実習、2:1指導モデルといった指導法が示されます。
第4章では、人口減少やVUCAの時代、生成AIの活用といった変化を踏まえ、「量の確保」から「質」への転換という視点で今後の展望と提言が述べられています。
注目したいポイント:「教員は教育の専門職か」
本ガイドラインで特に踏み込んでいるのが、養成校教員のあり方を論じた部分です。「私は教育の専門家ではない」「卒業生の質は国家試験で担保されるのだから、教員の役目は学生を合格させることだ」といった、養成校でしばしば聞かれる自己認識を取り上げ、これらを教育の責任を矮小化しかねない危うい認識だと位置づけています。
そのうえで、国家試験は最低限の知識と技能を測る指標にすぎず、職業人としての包括的な資質や臨床現場での実践力、倫理的判断力までは測れないと指摘。国試の前段にある養成教育こそがそれらを育てる場であり、教員がその責任主体だとしています。
専門学校教員は制度上「研究」が義務づけられていない点にも触れつつ、大学・専門学校を問わず、教育者としてのプロフェッショナリズムと科学的視点に基づく教育力が共通して求められる、という立場を明確にしています。
さらに、一人ひとりの教員の教育姿勢が、目の前の学生だけでなく、将来の理学療法士という専門職集団全体の信頼性にも影響しうる、とも述べています。教育を「次世代の専門職者を形づくるプロセス」ととらえ、教員自身の資質を問い直す内容になっている点は、この種の文書としては踏み込んだ部分といえます。
あわせて、現代的な論点も随所に盛り込まれています。臨床判断への生成AIの活用については、AIはあくまで支援ツールであり最終的な判断は専門職が担うべきこと、AIの出力に含まれうる誤り(ハルシネーション)を批判的に吟味する力が必要なことに触れています。
また、実習における学生の心理的安全性の確保や、指導者と学生の関係で生じうるハラスメントへの配慮、望ましくない態度への指導も一方的な強制ではなく建設的なフィードバックとして行うべきこと、といった視点も示されています。
関連する文書の整理
理学療法教育をめぐっては、名前の似た文書が複数あり混同しやすいため、簡単に整理しておきます。教育ガイドラインとモデル・コア・カリキュラムは、もともと日本理学療法士協会が整備してきました(教育ガイドラインは第0版2009年・第1版2010年、モデル・コア・カリキュラムは2019年)。
これらを引き継ぐ形で、2021年設立の日本理学療法教育学会が今回の卒前教育ガイドラインを策定しました。なお、専門教育に入る前の段階を扱う「準備教育モデル・コア・カリキュラム」も同学会が2023年に発行しています。
本体のモデル・コア・カリキュラムをめぐる動きもありました。同学会は委員会を設置して協会の2019年版の改訂案を作成し、医学教育モデル・コア・カリキュラムなど他職種の大項目と整合を図りながら、2026年1月に会員へパブリックコメントを募集しました。その後の最終版の公開状況は、現時点では確認できていません。
なお、名前のよく似た「理学療法ガイドライン」(第1版2011年・第2版2021年、日本理学療法学会連合)は、疾患別・臨床向けのガイドラインで、ここで扱っている教育系の文書とは異なるものです。
まとめ
今回のガイドラインは、ガイドライン自身の説明によれば、更新が止まっていた協会の教育ガイドラインを、学会が引き継いで策定し直したものです。
養成校教員や実習指導者にとっては、教育の質を保ちながら自校の教育を設計するうえで参照される文書になります。
とりわけ、教員自身のあり方にまで踏み込んだ点は、養成教育を担う立場にとって一度目を通しておく価値がありそうです。
引用・参考
■ 理学療法教育学会版 理学療法卒前教育ガイドライン1版(日本理学療法教育学会)
■ コアカリキュラム一覧(日本理学療法教育学会)
・理学療法士教育における準備教育モデル・コア・カリキュラム(日本理学療法教育学会、令和5年6月発行)
・理学療法学教育モデル・コア・カリキュラム(日本理学療法士協会、2019)
・「理学療法教育モデル・コア・カリキュラム(案)」パブリックコメント募集の告知(日本予防理学療法学会、2026年1月23日)