府中刑務所におけるリハビリテーションの実態を知るため、府中刑務所の作業療法士、看守長の方へ現地取材に伺いました。
日本最大規模を誇る「府中刑務所」は、累犯者や再犯リスクの高い受刑者を多く収容しており、再犯防止に向けた取り組みにも力を入れています。2025年6月には刑法改正により「拘禁刑」が施行され、受刑者の特性に応じた個別の更生プログラムが導入されました。
府中刑務所ではこれまで取り組んできた、高齢受刑者に対するリハビリテーションなどを通じて、受刑者が自立した生活を送りながら社会復帰を果たすことが、これまで以上に重視されるようになっています。
矯正処遇の一環として、これまでの懲らしめだけでは再犯を防げず、受刑者の改善更生や社会復帰に向けた支援の必要性を見直す必要性が高まっています。
累犯者の多い府中刑務所では、高齢になってから初めて罪を犯すケースよりも、犯罪を繰り返すうちに刑が重くなり、服役を重ねる中で受刑者自身が高齢化していくケースが多いといわれています。
こうした社会課題の実態と、刑務所において再犯防止に貢献するリハビリテーション職の役割について府中刑務所の看守長・長谷川さんと、作業療法士の林さんにお話を伺いました。
※看守長:刑務官の階級のひとつ。受刑者の監視や警備、施設内の安全確認などを担当し、受刑者の処遇や刑務所内の秩序維持において重要な役割を担う。
※累犯者:一定の刑罰の執行を終わった日またはその執行の免除を得た日から5年以内にさらに罪を犯し、有期懲役(または拘禁刑)に処せられる者。
高齢受刑者が再犯を重ねる背景にある社会課題
ー 高齢になってからも犯罪を繰り返してしまう受刑者は、どのような生活背景を抱えているのでしょうか。
長谷川さん(看守長) 高齢者の再犯では窃盗が多い傾向にあります。金額はたったの数百円ということも珍しくありません。それでも初犯でない限り、繰り返すごとに罪が重くなる累犯加重制度が適用されるため、矯正施設での収容期間が長くなります。
その背景には、刑期を終えて社会に戻っても生活保護などの社会資源をうまく活用できず、身寄りや住む場所、仕事もない生活困窮者が多く、空腹を満たすことができない過酷な生活状況のなかで、究極の生活手段としてお店で食べ物を盗ってしまう、といったケースがよくあります。
また、人にもよるというのが大前提ではありますが、育った家庭環境の影響や、本人も気づいていなかった知的障害があったりと、社会とうまく接続できずに支援サービスからこぼれ落ちてしまう方が非常に多く見受けられます。
本人自身の問題も大いにありますが、私たちとしては、社会復帰後にいかに地域としっかり接続できるかが重要だと捉えています。
ー 支援サービスからこぼれ落ちてしまう原因や対策について教えてください。
長谷川さん これまでは、刑務所と地域の支援制度との連携が十分に図れていなかったという面もあります。
受刑者本人に生活保護の申請を促しても、自分からは動けない方も多く、孤立感から誰かに頼ることができないという場合もあります。家族のもとへ帰ろうとしてもほとんどは断られてしまうケースが多く、支援を受けること自体にどこかで諦めてしまっている、というのも現実です。
現在は、退所後に福祉サービスなどが必要な場合、自治体職員や福祉サービス、また退所後の生活を支えてくれるNPO法人などと、刑務所に所属する福祉専門官が連携し、再犯防止に向けて地域と一緒に支えていく体制が整えられてきました。
また、刑務官自身が地域に出向いてそうした連携の場を設けるようになったことも、近年の大きな変化です。
ー 受刑者が退所後、社会へ戻るためにどのような情報共有をされていますか?
長谷川さん 「犯罪者」というだけで避けられてしまうのは仕方のない部分もありますが、なぜ犯罪をしなければならなかったのか、その根本的な原因を地域の受け入れ団体や関係者の方々に根気よく理解していただくことが大切だと考えています。
罪の背景や本人の特性、刑務所での様子などをお伝えしながら、何を支援すべきか、また関わる際に気をつけたほうがいいことについて、地域の方々と共通認識を持てるようにしています。
刑務所におけるリハビリテーション専門職の役割
ー 受刑者の更生を進めていくうえで、理学療法士や作業療法士のような専門職は、なぜ必要になってくるのでしょうか。
長谷川さん 高齢受刑者や障害のある受刑者の中には、発達の特性や精神的な病気を抱えている方も少なくありません。そうした病状や特性を的確に見極めるためには、医療・福祉の専門的な評価が欠かせません。
府中刑務所では専従の理学療法士・作業療法士を配置しており、身体面からのアプローチを通じて、受刑者自身が「どうすれば社会に戻れるのか」を作業活動の中で理解できるよう働きかけています。
実際、拘禁刑の導入によって支援のあり方が集団単位から個人単位へとさらに移行していく中で、身体面と精神面のアセスメントを統合できる専門職の存在はとても大きいです。
高齢福祉課程の受刑者がリハビリテーション訓練を行う場
実際に府中刑務所で専従の作業療法士として勤務する林さんに、具体的な支援の内容を伺いました。
ー 受刑者の病歴などについてどの程度分かりますか?
林さん(作業療法士) 入所の際には、配属先の工場を決めるための簡易な健康診断が行われ、既往歴や現在の健康状態、感染症の有無などについては他部署の職員が聴取した書類で確認します。
65歳以上の方には、必要に応じて長谷川式やMMSEといった認知症検査を実施することもあります。あくまで自己申告に基づく情報のため不確かな部分もありますが、刑務所での生活に最低限必要な情報を得ることが目的です。
ー 刑務所内でのリハビリテーションは、どのような役割を担っているのでしょうか。
OT林さん 医療や教育で身体機能に対するアプローチは異なりますが、概ね対象となるのは、70歳以上で、認知症や身体障害により自立が困難な受刑者です。こうした受刑者は「高齢福祉課程」の対象となり、作業以外に運動や脳トレなどを含む取り組みの時間が設けられます。
病院で行われるリハビリテーションとは、目的が大きく異なります。あくまで、受刑者が他の受刑者と同じように工場での作業に従事し、刑期を全うできるようになることが基本的な目的です。
歩行に介助が必要であったり、1日の作業をこなす体力がなかったり、自分で入浴ができなかったりするなど、介助を要する受刑者が増えると、刑務官の負担も大きくなります。
受刑者自身の諸機能がなるべく低下しないようなアプローチが必要ですし、入所中に諸機能の低下があると、出所後の生活に支障があり社会復帰の妨げにもなります。
このように入所中のADLだけではなく、出所後を見据えた取組を今後さらに力を入れていくことが必要だと感じています。
手すりやトランスボードが設置された訓練用浴槽
週に1回は理学療法士の阿藤さんが訪問され、体操教室を行っています。外部の方と接する珍しい機会でもあり、受刑者の活動意欲も高まります。
阿藤さんの取り組みについてはこちらご覧ください。
再犯防止にむけた取り組みと展望
ー 再犯者の割合が50%近くなっている中、受刑者の社会復帰と再犯防止は重要な課題です。「拘禁刑」になってからの取り組みについて教えてください。
OT林さん 60歳以上の受刑者の割合が増える中、2020年から「機能向上作業」が府中刑務所で全国に先駆けて試行的にスタートしました。国の方針として始まった取り組みで、従来の刑務所における作業は「ものづくり」が中心でしたが、身体機能の衰えや認知機能が低下している高齢又は心身の疾患や障害を抱える者に対して、リハビリテーション的介入が作業を通じた訓練として認められるようになりました。
拘禁刑施行後は、刑務作業だけのアプローチではなく、所内の多職種連携チームの一員として出所後を見据えた支援を展開するなど、作業療法の専門性そのものが刑務所の処遇に取り入れられ始めているともいえます。
医療分野でも同様ですが、作業療法士が一人で支援ができるわけではありません。刑務所では刑務官はじめ、様々な職員が再犯防止を念頭に対象者支援を実践しています。拘禁刑に変わり、その流れが加速していると感じています。
長谷川さん 再犯防止に向けては大きく2つの課題があります。一つは、刑務所内での個別の特性に合った矯正処遇と、社会復帰に向けた取り組みです。もう一つは、受刑者が社会とどのように接続できるか、地域の受け皿を整えることです。
刑務官は受刑者の人生に起きた出来事「ライフヒストリー」を聞くことは得意ですが、人生経験における感情や価値観など受刑者の主観的な「ライフストーリー」を聞けるのはリハビリテーション専門職の強みです。
今後はより多くの刑務官がリハビリテーション専門職と連携する価値を学び、社会への適応までを見据えて行けるようにしていきたいです。
OT林さん 現在、刑務所に所属する作業療法士の数は全国に20名程度です。これは人数そのものが問題というより、1施設に1〜2名ほどしかいないため、施設間での情報連携が難しいことが課題だと感じています。
2022年には日本司法作業療法学会が発足し、司法作業療法の定義や理念から構築している段階です。今後は、地域、刑務所、矯正施設、福祉の分野それぞれにリハビリテーション専門職が司法分野における知識を育み、社会全体で再犯防止に繋げていく未来を作りたいと考えています。
左:株式会社ARROW 理学療法士 阿藤貴史さん
右:府中刑務所 作業療法士 林稚憲さん
再犯防止は、刑務所や受刑者本人だけの課題ではなく、地域社会全体で受け止めていかなければならない問題とも捉えられます。
高齢化・多様化する受刑者と向き合う現場において、リハビリテーション専門職はどのような専門性を発揮し、どのように地域や矯正の枠組みと連携していけるのか。その問いは、これからも向き合い続けるべきテーマといえます。
府中刑務所での取材にご協力いただいた阿藤さん、ご多忙な業務の中、貴重なお時間を割いてお話しくださった府中刑務所の長谷川さん、作業療法士の林さん、ありがとうございました。
引用・参考
◾️受刑者に対する処遇について(法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者 5 処遇関係)部会第1分科会第2回会議配布資料)(法務省HP)
◾️日本司法作業療法学会 ホームページ