重い障がいのある子どもたちが「一人の役者」として演じたことでも話題となった映画『時には懺悔を』(監督:中島哲也、原作:打海文三)では、スペシャルニーズスーパーバイザーとして理学療法士・安田一貴さんが映画制作に関わられました。安田さんは放課後デイサービスの経営や写真家として活動しています。
西島秀俊さん、満島ひかりさんら実力派俳優が名を連ねるこの作品には、重い障がいのある子どもたちが20名以上も出演しています。物語の中心となる少年・新(しん)を演じたのも、重度の障がいのある男の子・しんすけくんです。
本作は、あくまでエンターテインメント作品として、障がいのある子どもたちがほかの俳優と同じ立場で演じています。
本記事では、安田さんに、子どもたちのキャスティングから撮影現場づくり、そして一流の俳優や監督が子どもたちの「力」に心を動かされていった過程についてお話いただきました。
障がい児としてではなく、「役者」として選ばれた子どもたち
― まず、スペシャルニーズスーパーバイザーとして本作に関わることになった経緯を教えてください。
安田さん 映画の制作が立ち上がったのは3年ほど前です。プロデューサーや助監督の方が、重度の障がいのあるお子さんの取材や、出演してくれるお子さんを探していました。その中で、助監督の方が、私がホームページで紹介している重度障がいの子どもたちの写真を見つけてくれたのが始まりでした。
最初は「協力してほしい」というよりも、取材の一環として「こういう子たちの撮影をどうやっているのか、話を聞きたい」というご連絡でした。
実際にお会いしてみると、当事者の方に出演してほしいけれど、大きな病院に相談しても個人情報の問題もあってなかなかつないでもらえない、というお話でした。
― 映画には20名ほどの障がいを持つ子どもたちが出演されました。出演を承諾された理由をどう捉えていますか?
安田さん これまで関わってきたお子さんたちではありましたが、協力をお願いした時のご家族や本人の反応はさまざまでした。ただ、障がいを持つ子どもたちはこれまで、どうしても守られる側で、何かをやろうとしても「無理だよね」「できないよね」と言われてきた子たちです。
チャレンジの場がとても少ない。だからこそ、映画というまったく新しい分野に挑戦できるきっかけがあるなら興味がある、という方が多かったんです。
出演した子どもたちは、重度の障がいのため、自分の意思で「出たい」「出たくない」を言葉にすることはできません。本当のところ、この子がどう思っていたのかは、誰にもわからない。
また重要な役を演じた「しんすけくん」の出演背景には、助監督の一言が大きく影響しています。
「障がい云々の前に、彼の表情からは、生きていることを楽しんでいるような光を感じる。その表情を撮りたいんだ」
これは障がいがあるから選ばれたのではなく、彼の表情、つまり「役者」として選ばれた瞬間でした。
引用:映画「時には懺悔を」
― 映画のなかの子どもたちは、初めての撮影環境にも関わらず、とても楽しそうな笑顔を見せていました。あの笑顔はどこから引き出されたのでしょうか。
安田さん 撮影が始まる前から、映画スタッフが親御さんに会いに行ったり、デイサービスや写真撮影の現場にも来ていただきました。
映画を撮るために必要な情報だけを集めるのではなく、この子たちと家族がどんな思いで、どんな毎日を送っているのかを知ろうとする。その結果、「インクルーシブとは何か」といった教科書的な言葉を学ぶのではなく、一緒に過ごす時間のなかで子どもたちを知り、関わっていきました。
だからこそ、現場でもスタッフが子どもたちに自然と声をかけ、コミュニケーションを取る姿が生まれたんです。言葉にすれば「共生」や「インクルージョン」と表現できますが、それが理屈抜きで自然にできあがっていきました。
そうして積み重ねた時間とともに、子どもたちにも親御さんにも、安心できる場になっていったのだと思います。
安田さんが写真撮影をしている様子
本当のリスクは、挑戦の機会を先回りして奪うこと
― 医療的ケア児の子たちが映画に出演するにあたってまず「リスク」を考えると思いますが、安田さんはどのような考えで取り組まれましたか?
安田さん 「何かあったらどうするの」よく聞く言葉です。医療職はリスクを先回りして管理することも大事です。ただ、本当のリスクとは何かと考えたとき、私は「体験やチャレンジの機会を、先回りして奪うこと」だと思っています。
映画の現場もまさにそうでした。最初のころ、スタッフの方から「(障がいがある子に)こんなことをお願いしちゃいけないですよね」とよく言われました。たとえばお風呂に入るシーンでも、医療的ケアのある子に「さすがに入水はダメですよね」「やめたほうがいいですよね」と。
本人や親御さんに聞く前に、なぜ私たちが先回りして「無理」と決めるのでしょうか。一人の俳優として見るなら、まず「こういうことをやりたいと思っている」と家族や子どもに相談して話し合ったらいい。そして「やる」というなら、どうやったら安全にできるかを、私(理学療法士)や親御さんと一緒に考えればいいわけです。
リスクを先回りする「ストッパー」になるのではなく、「チャレンジをアシストする役回り」になることが、本当の意味での専門職なのではないでしょうか。
チャレンジの機会を奪わない。「無理ですよね」を先に言わない。本人に聞いて、リスクを覚悟でやりたいというなら、一緒に背負えばいいと、それができる専門性なのではないかと思っています。
引用:映画「時には懺悔を」
「存在を知ってもらう」の、一歩先へ
― 子どもたちがこの映画に出演した意味を、どのように感じていますか。
安田さん 子どもたちが役割を担い、人の期待に応えて世の中に出ていったことに、とても大きな意味があると感じています。
重度の障がいのある人を取り上げるドキュメンタリーや記事は、今ではたくさんあります。その多くは、「こんな子がいるから地域でもサポートしていこう」という啓発で留まってしまい、支援する側とされる側という構図は拭えません。
この映画は違います。「新(しん)」の役もほかの役も、「あの子じゃないと、だめ」なんです。しんくんの表現、しんくんの力に、みんなが確実に心を動かされている。完成披露試写会や初日舞台挨拶でも、西島秀俊さんや満島ひかりさんといった一流の俳優の方々が、子どもたちの表現から得るものがあったと、はっきり言葉にしてくださっています。
「存在しているよ」で終わらずに、「彼らには彼らの力がある。それは彼らならではのものだ」というところまで見せている。そこが、存在を知ってもらうことの一歩先に行っていると感じます。
関わった映画スタッフの変化
― 最後に、映画制作を通して印象に残ったことを教えてください。
安田さん 最初は「スペシャルニーズスーパーバイザー」という名前ではありませんでした。
ある時、「障がいのある子どもたちは全員『サポートキャスト』と呼ぶことにしました」という連絡が来たんです。私の役職も「サポートキャストスーパーバイザー」という名前になっていました。
「一人の俳優として」と言っていたのに、なぜそこで線を引くのか。これは一言申し上げなければと思っていたら、私より先に、ずっと一緒に動いていた助監督が声を上げたんです。「それはおかしいですよね。なぜ障がいのある子だけ切り分けるんですか。役名や本人の名前で呼べばいいじゃないですか」と。
これ、すごくないですか。福祉職の側から「おかしい」と言うならわかります。でもその助監督は、最初は「脳性麻痺って何ですか」と聞いてきた人です。その人が、私より先にそう言えるようになっていました。
助監督は私と一緒に、たくさんのお子さんやご家族の話を聞いて回り、真剣に向き合ってきたからこそでた言葉だったのだろうと思います。
一流の俳優と一流の監督が、一流の作品をつくらなければいけない。そんな真剣勝負の場を子どもたちと共有したからこそ、理解が深まっていったのです。
真剣に一緒に何かをやる場を持つことがどれほど大事か、それを身に染みて感じました。講義をしても、これはきっと伝わらない。そういう場や機会を生み出していくことも、私たち専門職の役割の一つだと思います。
『時には懺悔を』に出演する子どもたちは、支援される存在としてではなく、その子にしかできない表現を持つ一人の役者として作品に参加しました。
理学療法士であり写真家の安田さんは、安全管理に留まらず、映画制作に関わる方々に障がいと向き合うのではなく、目の前の人と向き合う大切さを伝えたのではないでしょうか。
素晴らしい演技をした子どもたちの姿をぜひご覧ください。
引用・参考
■ 映画『時には懺悔を』公式サイト